一粒万倍日

PERFECT DAYSの一粒万倍日のレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
4.3
私にとってのパーフェクトデイズとは何なのだろう?と考えさせられた。

渋⾕でトイレ清掃員として働く平⼭(役所広司)さんの、日々繰り返される日常の中の、ささやかだけど選び抜かれたパーフェクトデイズが描かれている。

朝の欠かさないルーティンには、木々の芽吹きを集めてきたであろう鉢植えに霧吹きで水をあげ植物を育てるというささやかな「喜び」、

仕事に向かう車中では、80年代に気に入って集めたのであろうテープレコーダーの洋楽を聴く「好き」、

トイレ掃除の仕事では、道具を自作するなど仕事を完璧にこなす「プライド」と「満足感」と、

境内での昼食では、季節によって変化する木漏れ日をネガフィルムに収める「楽しみ」、

仕事が終わって、近所の銭湯の一番風呂のジャグジーにつかる「心地よさ」、

浅草駅地下街の居酒屋で、今日も店の主人に同じセリフの「お疲れさん!!」と、座っただけで一杯を出してもらえる馴染客としての「安心感」、

週に一度通っているスナックのママの歌声を聞くのも「好き」で、

寝る前には、古本屋の100円で買った本を読むことでの「自己成長」と、

また古本屋の店主さんとの短いやり取りや、フィルムの現像やフィルムを購入している店主との会話の無い付き合いもまた、そこに同じことを続けているささやかな「繋がり」と「安心感」を感じます。

どれもあまりお金のかからない、喜びや好き、満足感や心地よさ、楽しみや繋がりや安心感と少しの自己成長とプライドのある、平山さんにとってのパーフェクトデイズなのだ。

生きていればいろんな出来事が起こるものですが、そんな出来事から多くを語らない無口な平山さんの人間性が垣間見れた。

姪っ子との出来事からは、平山さんの実家が裕福なのだろうと想像する。
跡取りだった長男の平山さんが、実家の敷いたレールからはみ出してしまったのではないかと。

時が止まったかのように、時代の変化を受け入れずに、テープレコーダーやフィルムカメラを愛用しているのは、若者の彼女たちが感じる音がいいとか風合いがあるとかで行き着いて選んだわけではない。

新しい変化や「今度」を受け入れることをしなかった、平山さんの人生のようだ。

でもそれは、結果、自分のお気に入りを長く愛し続ける良さを感じさせてくれる。

眠りについた後のモノクロの夢の中のような映像に、平山さんが抱える葛藤を感じて苦しかった。

スナックのママの元夫から、癌になって「お詫びでもなくお礼でもなく…」会いに来たという話を聞いた後の翌朝の、ラストシーンの出勤する車のなかでの役所広司さんの名演技の表情に、もう戻れないし変えることのできない悔恨…多分父親との和解のない…の表情だったのかもと思いました。

それでもまた朝になれば玄関のドアを開けて、空を仰いで自ら選んだ今に幸せを感じる一日をスタートさせるのだろう。

いろいろ湧き上がる感情を排除して今を生きること、それはとにも直さずマインドフルネスのことでで、それが平山さんの目指すパーフェクトデイズなんだと思いました。

影踏みだって、いつか訪れる死よりも、今 目の前にある影を踏みをすることで、いつかの不安や恐怖から離れられる。

いろいろ考えさせられる映画です。そして、もう一度見たらまた違ったことを感じるかもしれないと思えるとても良い映画でした。
そして、音楽が絶妙に良かった~~!!

追記:2024/4/29
平山さんは「感情のミニマリスト」なのでは?と思うようになりました。
モノを減らして少ないモノで暮らしていくミニマリストのように、自分の感情もミニマムに保つことを意識した暮らし。
不要なものを持たずルーティン化した暮らしを意識していても、生きていれば喜怒哀楽に揺れ動く出来事に遭遇します。
だかこそ、お気に入りの本当に必要な必要最低限の「思考や感情」で生活する生き方を選んだのだと。