カナオ

PERFECT DAYSのカナオのネタバレレビュー・内容・結末

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

堪らなく好きで繰り返し観たい人生の一本になったけど、これを企画した人達は現代日本で公開する冷酷さに無自覚なのか意図的か?が気になって調べていったら…

◆前提として

映画そのものや作中で描かれているもの、映画を観て素晴らしいと感じた人(自分を含めて)を否定する気持ちはありません。
色々と思う事が出てきたのでこれから長々と書き連ねますが、パーフェクトデイズが素晴らしい映画だという事は揺るぎません。

不労収入でお金に困らず暮らしていても幸福とは限らないし、労働の過酷さや収入の少なさが必ずしも不幸とは言いません(改善を求めている人の場合はもちろん別の話)。
同じ属性を持っていても、人の環境や考え方は様々です。


◆まずは好きだな、良かったなと思うところ

英雄でも悪人でもない市井の一人の、日々の中で起こる小さなざわめき。ささやかだけど美しいものを眺めて浸って、ちょっとした人との交流に心を揺らめかせる。誰のせいでもないけれどなんとなく所在なげに視線のさまよう瞬間や、バツの悪いところを見られてうろたえることもある。人間は不完全、でも不完全ゆえに愛おしい"完璧な日々"を送る。それらをそっと見守るように鑑賞して、ああ自分にもそんな瞬間があるなぁと気持ちを重ねる。とても美しく、素敵で、時に苦味もあり、じっくりとしみこんでくる素晴らしい映画でした。

木漏れ日に繰り返し目を細めては、カメラを向けてシャッターを切るのが、とても良かったです。風に揺れる葉の軽やかな接触と、そこからこぼれ出る光。寡黙で深入りはしないけれど、小さなきらめきを含んだ平山の人間関係と重なって、眩しかった。

「なにかあったんだな、過去に」と思わせるにとどめて、あえて詳細を出しすぎない作りの巧さに感服しました。想像する余地があって引き込まれたし、自分の過去の近しいできごとと重ねて共感することもできる。小さく微笑む口元や、嗚咽を抑えてうつむく姿や、涙がたまっていくその目だけで語れる、役所広司という俳優の凄さも存分に味わいました。

飲食店が混んでいて食事がなかなか出て来ず、なんだか所在なくて、外を眺めてみたりする。ちょっと嫌なことがあって、久々にタバコでも…と吸ってみたらむせてしまって、バツが悪い。個人的に共感が強かったのは、心の和む瞬間以上に、こういう瞬間についてでした。いつでもスマホを身につけるようになった今では手持無沙汰になることは減ったし、気分転換がしたければすぐに楽しい動画を観られる、音楽も聴ける。スマホを持ち歩くようになる前の、時間や気持ちを持て余した心許なさが、懐かしく思い出されました。タバコ、しばらく禁煙してから久しぶりに吸うと、全然美味しくなくなってるんだよね…貰いタバコ、吸いなれない味で微妙な気持ちになったりね…などなど。


◆次に、引っかかったところ

この映画がとても美しく、時に個人的な郷愁をも誘う、ものすごく上質で完成度の高い作品だからこそ、これを現代の日本で企画製作公開した人達が批判を受けたのも、納得しました。

今の日本では、労働環境や給与待遇の改善を求める声がたくさん上がっています。人種や性別による差別をなくそうという声や、高負担で不平等な税制度に反対する声、他者の成果物を掠め取る技術を正当化する法律に反対する声などもあります。海外で起こっている虐殺に加担する企業や政府への抗議の声なども。いずれも、良くない現状を良い方向へ変えようと、懸命に努力する人たちの声です。
そんな中、言葉数は少なく、慎ましく暮らす人の「清貧の美しさ」を描いた映画を作って世に出した人達は、声を上げている人達に対して冷酷に思えないでしょうか。声を上げている人たちのことが見えていないのか、見たくないのか分かりませんが…もし後者なら、意地の悪い書き方をすると「声なんて上げず、平山のように現状の中でやりくりしておけばいい」と言っているかのようです。

「自分の給料は低い。だからもっと上げてほしい」と声を上げる人達の居る一方、「自分の給料は低い。だからあいつの給料も下げろ」「自分の給料は低い。だから工夫をしてしのいでいる」という人達の存在する日本で、清貧の美しさを描いた作品を公開する危うさも感じます。これについては、正直そこまで作り手側に責任を負わせるのか?鑑賞する側もそんなに愚直に影響を受けるものか?とも思いますが…鑑賞した側の考えや環境で差はあれど、映像作品が人に与える影響は決して小さくない。数多くの〇〇ブーム、トレンド、はやり、流れを作り出してきた過去があります。性別年齢を問わず楽しめるようなポジティブなものも、特定の属性を持つ人への偏見を助長するようなネガティブなものも。


◆調べてみたら

ところで、トイレ清掃員を主人公にしたのは何故だろうと興味が湧きました。理由は作中に登場しています。平山たちの作業着の背にも書かれた、「THE TOKYO TOILET」という実在するプロジェクトが発端だからでした。
このTTTは渋谷区と日本財団の共同プロジェクトだそうです。スカイツリーが登場するのでてっきり墨田区のトイレかと思っていましたが、あのデザイナーズ公衆トイレ達は渋谷区にあるものでした。
それから、エンドロールに大きくユニクロのロゴが入っていた上、プロデューサーに「YANAI」の名前もあったので調べてみたところ、出資もしたファーストリテイリング社の柳井取締役が、電通の高崎氏に声を掛けて…という流れがあったようです。
https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/casestudy/00012/01360/

脚本、主演とも、トイレ清掃の仕事について学び取ろうとする姿は誠実に見えます。
https://www.yomiuri.co.jp/culture/cinema/20231021-OYT1T50124/
実際、製作陣は良い映画を作ろうと真摯に取り組んでいたのでしょう。でもだからこそ、そんなに無邪気で大丈夫か?という気持ちも湧いてきてしまいました。

TTTという名称は映画を見て初めて知ったのですが、そういえば代々木の透明トイレの不具合や、幡ヶ谷のトイレから女子専用個室を無くしたことが、当時話題/問題になったのを覚えています。問題は改善すべく動いたようですし、誰もが快適に使えて、見た目もおしゃれで綺麗なトイレを作ろうというのは、良い取り組みだと思います。でも渋谷区は、そういうタテマエで見映え良く装って、都合の悪い存在を排除した過去があります。印象が悪く、どうにも信用が出来ません。
https://withnews.jp/amp/article/f0210709003qq000000000000000W08u10101qq000023304A
つまりTTTもミヤシタパークの延長で、耳触りの良い理由をつけて不都合な存在は排除して、キレイな見た目に整えて国内外のウケも良くして観光収入を増やしたい!という物ではないかと疑ってしまうのです。
そんな悪意は私の邪推だとしても、公式サイトに“トイレは日本が世界に誇る「おもてなし」文化の象徴”という一文もあるので、インバウンドを意識しているのは間違いありません。
https://tokyotoilet.jp/

パーフェクトデイズの登場人物には、ホームレスのおじいさんが居ました。ホームレスを排除した渋谷区の案件に、どういうつもりで登場人物として彼を加えたのか?ミヤシタパークの件をどう思うか?アイデアを出した脚本に関わるどなたかに、訊いてみたくなりました。

この映画を企画なさった方々がこれまでどういう人生を歩まれてきたのか存じ上げませんが、現在は大きな企業の役職に就き、恐らく現代日本の大多数の人よりは裕福な生活を送っているであろう柳井氏…長時間労働やハラスメントで社員に自死を選ばせてしまったことのある電通に所属し、五輪エンブレムの公募の際には不正を行った高崎氏…ホームレスを排除して見映えの良い施設を作った渋谷区…そんな背景の人たちが、慎ましやかな生活を美しく描いた映画を?………鑑賞後の気持ちにじわじわと影がさしてきました。


◆映画は映画、現実は現実。とはいえ

リアリティについては、トイレでも平山の家でも「汚れ」が描かれていませんが、映像作品が必ずしも現実に忠実である必要はありません。汚れで気を散らさせず、他の部分(平山の、小さくもきらめく日々のできごと、大事件ではないけれど動揺を誘うできごとなど)に焦点を合わせるのが狙いではないかと想像すると、納得できました。また、ものすごく大雑把な言い方をすると、トイレプロジェクトの広告映画ならトイレをキレイに撮るのは当たり前。

金銭のリアリティに関しては、正社員であれば清掃員の収入は墨田区・スカイツリーが見える・風呂無しとはいえ二階建て・駐車場つき物件…に住めるくらいの金額なのか?という部分が現実的ではないかもしれません(待遇の良い清掃会社や掘り出しもの物件が実在する可能性はありますが)。ですがこれは記録映画ではないので、そういう環境に住む主人公、でいいんじゃないかと思います。

しかしどんなにフィクションと現実は別物と気持ちを切り替えてみても、鑑賞する人間は現実に生きて暮らしていて、その生活の中に映像作品というものが存在しています。

誰もが幸福で不安なく生活できる豊かな国でこの作品が公開されたのなら、きっと手放しで褒めちぎったと思います。けれど今の日本はそうではありません。貧富の差は広がり、差別はなくならず、汚職に開き直る政治家も跋扈するこの国の中、汚れや苦労を取り除いた「清貧の美しさ」が、様々な不信感を生じる製作者たちから発信されたことへの気分の悪さは、どうしても無視できなくなりました。

映画そのものは本当に素晴らしかったです。自分が今より年齢を重ねた数年後にまた観て、そのまた数年後に…と繰り返し大切に観ていきたいと思う作品です。その頃に今よりマシな国になっていたら、こんなわだかまりを抱えずに、鑑賞後の余韻に浸れるのかもしれません。


◆蛇足

すっかり企画製作陣への批判的な気持ちを抱えてしまったので、とらえかたが偏っているのは自分でも感じているのですが…映画公式サイトの柳井氏のメッセージに、"ヴィム・ヴェンダース×役所広司は、トイレそのものを美しく切り取り、清掃員の日々の仕事に尊厳を与えるという意味で最高の組み合わせだと思います。"…という一文があります。
https://www.perfectdays-movie.jp/staff/
尊厳を、与える、という響きに傲慢さを感じてしまって、嫌な気持ちになりました。誰かに与えられなくても、清掃員の日々の仕事には元から尊厳があるでしょう…パーフェクトデイズという映画を観たなら、よくわかると思いますが。


これだけ製作陣のことを悪しざまに書いておきながら、共同脚本でもあるヴィム・ヴェンダース監督と、エグゼクティブプロデューサーでもある役所広司氏についてあまり言及しませんでした。これは私が他の映画作品や出演作品でのイメージを拭い去れなかったためで、不公平さを反省しています。
カナオ

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