冷蔵庫とプリンター

PERFECT DAYSの冷蔵庫とプリンターのレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
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トイレ掃除作業中ジャーマントレーナー履いてんのに銭湯行く時は便所サンダルなのマジで独特
(遠目に便所サンダルなだけでビルケンシュトックの可能性はある、否)
音楽の趣味だけはひたすら良い役所広司演じるトイレ清掃員平山の日常を描いたヴィムヴェンダース監督最新作であり、言わずもがな、非常に鼻につく映画である。

まず映画の企画そのものから匂い立つイデオロギーに無自覚ではいられないのだが、いわゆる"丁寧な暮らし"アレルギーの自分にとって、この映画ははなから地雷の予感がしていたというのに、この日曜日にわざわざ劇場に足を踏み入れてしまったのは、どのような気の迷いだったのか。

独身男子の丁寧な暮らしや日常ルーティンとやらは、それ自体が常に欺瞞に満ちたものであることは言うまでもない。
「で、いつマスターベーションするの?」とひとたび問うてしまえば、一瞬で崩れ落ちてしまうような脆い情緒に立脚したペテンに過ぎないのだ。
今作で特にご都合主義的に感じられるのは、平山に話しかけてくる人間の多さである。
普通この手のサブカルジジイは、聞いてもいないのに蘊蓄をひけらかす厄介な存在として大衆に認知されて然るべきだが、平山には寡黙という特性が付与され、謎のサブカル女や石川さゆりに気に入られることによって、自己顕示欲を発露させずに済んでいるのだ。
とんでもない欺瞞である。せめて同類の古本屋の店主にぐらい気の良い返事をしてやってくれ。
(石川さゆりや謎のサブカル女に対する平山の異常なほどに消極的な態度、また平山が敬愛しているはずのパトリシア・ハイスミスやパティ・スミスの作品について「パ」の字すら発しない異様なまでの寡黙さは、単に不自然であるばかりでなく
「消極的で、女性をリードすることができない」「内向的で感情表現が乏しい」といったアジア系男性に対する有害なステレオタイプを強化している側面もあるので、ここはマジで批判されてもいいと思う。)

まあ今作自体、半端なリサーチによって、ある一人の日本人の生活を描こうとする無謀な試みだったのかもしれない。
読書やカセットテープはともかくとして、浅草、銭湯、大相撲、プロ野球、、、平山の日常ルーティンを構成する要素はあまりにも陳腐と言わざるをえない。
(本読みとしては、わずか150ページほどの文庫本を読むのに1週間もかけているところも不可解ではある)

だいたい「住む世界が違う」という平山の妹の子供が、なぜ「ニコ」という名前なのか。(ヴェルヴェットアンダーグラウンドを想起せずにはいられない点からして、平山が名付けたとしか考えようがないので、まあ深読みすれば美味しいポイントなのかもしれない)

その上で今作について語るべきことは、今作の下品なポスターの惹句にあるような「こんなふうに生きれたらなぁ」というようなナイーブな幻想を平山に投影する類のものではなく、なぜ平山があのような生活を送っているのか、である。
一部でサブカル聖人と評されている(らしい)平山であるが、個人的な解釈では、平山はホンモノではない。
いくつかそう考えるに至った理由はあるのだが、第一に、平山が今の生活をそれほど長く続けているわけではないという点。
せいぜい10年かちょっと、それまでは万人と遜色ない暮らしぶりだったのだろう。(土着の人間が、スカイツリーとかいう新参者にいちいち挨拶をしてみせるかを考えてみると良い)
次に、俗世との情緒的な交流をほとんど絶って、文化の殻に籠る人間は、ふつういずれかのタイミングで発狂するはずだからだが、この点は前述のマンスプ爺が容易に想像できてしまう点からも明らかで、どこかで自分が蓄えた知識を披露するなどして自己顕示欲的なものを満たしてやらねば、人間はそもそもが薄っぺらなサブカルなど続けられるはずもないのだ。

平山の暮らしぶりは森鴎外『高瀬舟』における喜助よろしく「足るを知る」暮らし、服役中の模範囚のそれに近い。

なぜそのような生活を送るに至ったのか。平山のバックグラウンドについては明示されている点は少ないが、その余白こそが今作最大の美点なのかもしれない。しかし、そんなものに関心を持つような自分ではない。

むしろ平山の将来、自閉的サブカル生活の行く末にこそ関心があるのだが、その点に関してはひとつ踏み込んでいる箇所がある。それは中盤に登場する、どうやら木と自身を同一化させようとしているらしい浮浪者然とした老人との出会いである。
老人に向けられる平山のただならぬ眼差しは、平山が自分の行く末をこの老人に見ていることを表しているようだ。
そう考えると、平山にとっての文学や音楽、あるいは凝り固まったルーティンワークは、平山を人間社会に繋ぎ止めるための秩序の体系なのかもしれない。
果たして平山はサブカルの力で人間であることを続けられるのだろうか。
(石川さゆりが三浦友和と抱き合ってるのを目撃したくらいで動揺してハイボール三缶とピースを買ってしまうようでは厳しいと思う。行く末は木の浮浪者か、はたまた「ガチ恋おぢ」か。)

個人的に良かったのは音楽だけ。ラストのニーナシモンは反則級である。