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エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命のnetfilmsのレビュー・感想・評価

4.2
 スティーブン・スピルバーグが世界中で起きる戦争の歴史の全てを自身のフィルモグラフィで描かんとする一方で、イタリアきっての巨匠マルコ・ベロッキオもまた、キャリア最終盤に差し掛かってから、様々な時代のイタリアの悲喜劇を余すところなく描こうとする。この辺りの巨匠の巨匠たる使命に駆られるキャリア最晩年の切実さはここ20年実話しか映画化しないクリント・イーストウッドや、基本的に史実を基にした映画を作るリドリー・スコットも同様だが、イタリア史に残る悲劇にだけ拘り続ける辺りがマルコ・ベロッキオのマルコ・ベロッキオたるゆえんで、前作である『夜のバケーション』は赤い旅団が起こしたアルド・モーロ元首相の誘拐殺人事件を扱っており、この事件は傑作『夜よ、こんにちは』に続いて2度目の映画化である。今作も1858年のエドガルド・モルターラ誘拐事件の史実に迫った衝撃作であり、時は19世紀の物語ではあるが、未だに根深い問題となるユダヤ教とキリスト教との宗教対立ににじり寄る。信じられないことだが今作はかつてスティーブン・スピルバーグが映画化権を模索しながら、実現に至らなかった作品の映画化である。

 いつも同じことを言っているが、マルコ・ベロッキオの作劇というのは重厚で隙がなく、悲劇に向かう速度はあまりにもスローモーションのようで容赦ない。そのシリアスな展開はまるでオペラを観ているような贅沢な気持ちにさせられる。そのショットの充実度で言えばリドリー・スコット、ポール・ヴァーホーヴェン、そしてこのマルコ・ベロッキオがヨーロッパの三強ではないか。今作も冒頭から胃がもたれるような重厚さが凄まじい。図らずも少女が聖母マリア像の乳房をちゅうちゅう吸ったポール・ヴァーホーヴェンの『ベネデッタ』同様に、ユダヤ教を信じる親に育てられた7歳になる息子エドガルド(エネア・サラ)は、十字架に磔にされたイエス・キリストの象徴的なイメージにトラウマを生じるような恐怖を植え付けられる。ユダヤ教とキリスト教、同じイエス・キリストに導かれながらまったく違うメッセージを発し、互いが互いを相容れることはない。つまりキリスト教とは、救世主とはなれなかったキリストの庇護の下、神のお導きを司る教皇という名の生き神様を持つ。ピウス9世そのものが世俗の俗の部分を現したとき、この大家族が迎えた悲劇は当時の宗教及び国家対立に引き裂かれた悲劇だと感じた。オレンジがかった色調と照明も贅沢で見事で、マルコ・ベロッキオの凄まじいリアリズム描写は、宗教に絶対的な価値を置いた人々の不幸を露わにする。
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