パイルD3

エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命のパイルD3のレビュー・感想・評価

4.0
サブタイトルがストーリーをインショートで語っていますが、幼少期から始まりその後の一生を中心に描いた人生譚です。

ただ、実際にあった歴史的にも有名なイタリアの宗教闘争絡みの誘拐事件らしいですが、私は全く知りませんでした。
誘拐という表記は間違ってはいませんが、今の日本のその手の団体で言えば、拉致監禁とも言える蛮行です。

だからと言って、重い宗教映画だなんて安く見積もった視点で観てしまうと、あっさりリタイアでしょうけど、それは早計だと思います
人間のセクトを扱いながら主題にあるのは“洗脳“の恐怖だし、1人の人物の生涯を通して、洗脳の経年変化と家族を含めた人間関係がどう変わっていくかのプロセスを見せます。

そしてイタリア映画らしい家族、特に親たちの視点をしっかり描き切っています。
子を持つ親としては、胸奥にグサッとくるところもありました

《マルコ•ベロッキオ監督》
監督は、本邦公開作は極端に少ないのですが、イタリア社会派映画の巨匠マルコ•ベロッキオですから、ザ•イタリア映画!です。久々のガッツリ目のオリーブオイルたっぷり定食を食らった感じです。
本腰入れたイタリア映画は、最近の日本人のテイストには合わないかも、とは思いますが。

ベロッキオ監督は御年84歳ながら、とてもそうとは思えないエネルギッシュな映像とメッセージを叩きつけてきます。
大掛かりなローマの歴史的風景の中で、謎めいた理不尽な理由で翻弄された人間たちの縮図を描いた物語です


【エドガルド•モルターラ
   ある少年の数奇な運命】

1800年代半ばのボローニャ、ローマが舞台なので、ヨーロッパの政情は隣国間でも、それぞれの国内でも戦火が消えない不安定な時代。
ただ、教皇中心の全体主義思想からリベラルな方向へと向かい始めており、自由を求める声が高まってもいた。
しかし、ドラマの中では、まだ大家族主義や家父長制が色濃く残っていることも見えてくる

《拉致事件》
エドガルド•モルターラに降り掛かった事件とは…
“一度でも洗礼を受けた者は永遠にカトリック教徒であり、来世において救済される“
というスペシャルルールによって、ユダヤ教信者のエドガルドが、なんと洗礼を受けた!と通報されて、強制的にカトリック教会に連れ去られたことを発端に対立が激化し始めたというもの。

当然、親たちも洗礼の件など知りもせず、濡れ衣だと騒ぐが、時すでに遅し、異端審問にかけられた末にエドガルドはキリスト教徒とジャッジされる。息子を取り返したい親たち、戒律厳守で突っぱねる教会の対立構図が生まれる

《洗脳の図式》
その後は、改宗=洗脳がどこまで人間を変えるか?言葉を換えれば、どこまで人間の脳内を破壊出来るか?を、ベロッキオ監督は情緒に惑わされず冷徹な視線で見つめる。

ここではたまたま宗旨替えの形を見る事になるが、このようなマインドコントロールめいたことは世の中には無限にある

衝撃を与えて速攻チェンジするのではなく、時間をかけてじっくりと脳内を洗浄して、新たな思考を持つ脳に作り変える形状は、実は自分の会社や住んでいる土地柄、学校、もっと言えば、友達や恋人、夫婦、親子…個々の生活の中でも起こっていることと寸分違わぬ姿そのものだろう。

観る側は、エドガルドの視点ではなく、この実際にあった事件が、登場人物たちにもたらした境遇の顛末を俯瞰視点で見ることになると思う。

そしてことの発端となったエドガルドの洗礼の謎が明かされた時、唖然とさせられ、心なき人間の浅はかさを感じさせられる
長年家族を巻き込んだ人生の破綻も、たったこれだけのことから起こったのか…と





◾️雑記
《教皇の見る悪夢の滑稽さ》

ストーリーの中で最も力を込めて描かれているのが、当時のローマ教皇ピウス9世。

全てにおいて、神の代弁者であり、配下の司祭や信者たちにとっての父なる存在、そして
カトリック教会の神々しい最高指導者…
なのだが、ベロッキオ監督は一切忖度などしない

教皇は教会権力を誇りながらも、市民からは徐々に失望され始めていて、支持率が下降して風刺画などのネタにされている。凋落にイラつき、動揺する姿も描き込んでいる。人気を気にして一喜一憂しているのだ。

特に、ユダヤ教会との対立には侮蔑ポジを取りながら、裏では実は怯えてもいる
ユダヤ教会のラビたちが寝ているところに現れて、教皇を押さえつけると、ユダヤ教の鉄則でもある割礼手術をしようと、麻酔やメスを取り出すという悪夢を見て、絶叫しながら跳ね起きる始末。

教皇は単なる厄介な権力者で、その実、生身の人間であるという描き方は監督流の抑揚を付けて見せた巧妙な技だろう




※欄外に《宗教と功罪》として、全然ネタバレではありませんが、一応⚠️ネタバレ記事として、今思うことを記しています。↓↓
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