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エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命のharuのレビュー・感想・評価

4.5
戻れない家族。

1858年イタリアのボローニャで暮らすユダヤ人少年エドガルドは、突如教皇直属の兵士たちに連れ去られる。両親はユダヤ人コミュニティの力を借り、ついに裁判を起こすが、エドガルドはカトリック教徒として教会に育てられていく。

マルコ・ベロッキオによる「エドガルド・モルターラ誘拐事件」の映画化。元々スピルバーグが映画化しようとしていたそうですが、アメリカでコレやっちゃったら確かにヤバそうです。教皇ピウス9世が完全に悪人で、とある一般家庭をぶっ壊します。突然家族と引き離される6歳の男の子と、何とか息子を連れ戻そうと必死に手を尽くす両親。辛すぎて涙が止まりませんでした。
発端はモルターラ家に雇われたカトリックのメイドが、生後6ヶ月のエドガルドに勝手に洗礼を施したこと。「病気で死にかけていたエドガルドを救うため」という善意の行動だったわけですが、この洗礼によってキリスト教徒となった少年を非キリスト教徒が育ててはならないという教理に基づき、エドガルドは教会に堂々と拉致される。両親も世論を味方につけ、正攻法で息子を取り返そうとしますが、権威が揺らぎつつあった教皇ピウス9世は「絶対返さねぇ!!」と頑なに応じない。そして教会は「あなた方が改宗すれば息子とまた暮らせる」と両親に告げるのです。
この世に神も仏もねぇ!と思っている私からすれば、デコに水を垂らされただけで家族と引き離されるエドガルドが可哀想すぎて言葉にならない。「良い子にしていればまた家族に会える」、そう信じて必死に勉強していたエドガルドは、20年後心からのカトリック教徒となっていた。そりゃそうだよ、だってそうしないとエドガルドは生きられなかったんだから。終盤再会した家族に責められるエドガルド。彼はもう家族の元に戻ることはできなくなっていた。
正直子供を取り返すためにとりあえず改宗すれば良いじゃんと思ってしまったんですけど、宗教がアイデンティティの一つになっていれば、改宗ってきっと人生どころか自分自身をまるっと変えることなのかもしれない。エドガルドのママにとって、ユダヤ教徒ではなくなってしまった息子は、もうあのときの息子とは違う人間なのだろうか。やっぱり私には宗教はよくわからない。
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