近本光司

落下の解剖学の近本光司のレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
4.0
女性作家が夫を殺害する話のほうが、ただ男が絶望して自殺する話よりもよほど面白いでしょうと、転落死の真相をめぐる裁判を特集したテレビ番組で破廉恥なコメンテーターが言ってのける。顛落の解剖学。エンドロールで流れるショパンのプレリュード四番の調べを聞くうちに、ここでいう顛落(chute)とは二重、ひいては三重の意味をもつという諒解がしずかに胸もとまで降りてくる。
 まるで他人の胸中を見透かすような瞳をもった一人息子。そう、この映画はあの十二才のいたいけな少年の子ども時代が、そうであるべきよりもずっと早く終焉を迎えてしまうまでの一部始終を捉えたポートレイトなのだ。証言台でぽつりぽつりと語りはじめたものごと。メランコリアを背負ってつま弾くピアノの旋律。犬を病院に連れていく車内の父と交わした会話の思いで。
 それにしても2023年のフランス映画は、『Le procès Goldman』とあわせて、アルチュール・アラリが法廷でブイブイ言わせていた年として記憶されるだろう。あるいみフランス映画らしい景色。