高岡尚司

落下の解剖学の高岡尚司のネタバレレビュー・内容・結末

落下の解剖学(2023年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

実際に妻は夫に手を下したかもしれないし、下していないかもしれない。この映画においてそれは論点ではない。裁判では真実を一つにするが、そんなに簡単には片付けられないということを突きつけてくる。妻は、作家の成功や浮気により夫を追い詰め、夫は妻に嫉妬し薬や本を書けないジレンマにより自分を追い詰める。複合的な要素で夫はしんだと言える。
弁護士の「実際にころしたかはどうでもいい。どう見えるかだ」という言葉がある。主観、客観、嘘、推測、この世は様々な視点から作られていることを思い知らされる。

裁判に勝って無実が証明されたかもしれないが、その代償は大きい。息子は母親がころしていないと信じたいが、夫婦間における秘密が次々と明らかになり、その信用はどんどん落ちていく。最後の裁判シーンで息子が語るのは、母親の発言ではなく夫の発言である。この時点で、息子は母親を信用していないことが伺える。この映画は「落下の解剖学」であり、「解剖学による落下」とも言える。

僕はこの夫の気持ちが痛いほどわかる。妻が学生から取材を受けている最中、2階で音楽を大音量で流す。反抗期の子どものようで、大人行動とは思えないが、夫が妻にできる精一杯の抵抗。普通なら取材中だからと夫に音楽を止めるように言うが、それをしない妻の様子から、もうそんなことを言える間柄でもないと伺える。夫がしんだのも妻への最後の復讐であるように僕は思う。

妻は妻で必死で家族を建て直そうとするが、クズなところがある。夫とセックスレスだからと浮気を正当化したり、飲酒運転を許容したり、裁判に勝ち、会うことを禁止されていた息子に一番に会いにいくのではなく、弁護士たちとの打ち上げを優先させた。息子を愛しているのは確かだが、優先順位が低いところが多々伺える。夫の復讐は果たせず、しを持ってしてもなお、夫に勝ち続ける。ラストシーン、1人ソファで寝る。そばに寄るのは真実を知らない犬だけである。

個人的には僕が好きな映画監督キアロスタミの『クローズアップ』に似た裁判シーンの撮り方で、あえてズームや人を追うパンを多用し、ドキュメンタリーっぽく臨場感あるように撮っているあたり、好きだった。
高岡尚司

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