琥珀

落下の解剖学の琥珀のレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
5.0
こんなに色々な観点から書きたくなる映画は久し振りです。もしかしたら、あの『女王陛下のお気に入り』以来かも。
死んだ夫、疑いをかけられた妻、ダニエル‼️
その3人はもちろんのこと、弁護士も検事もダニエルの付き添い人も、どの登場人物についても、それぞれについて自分だったら何を思い、どう振る舞うか。目まぐるしく考えながらスクリーンに釘付けとなります。

などと言いながら、まずは夫婦喧嘩について。
相手のいうことに気持ち的に納得なんかできなくても、一応論点が共有できていたのはさすがに頭のいい人同士という感じ。子どもの受験や進路の話をしてるのに、なぜか相手の人格攻撃になってる、みたいな喧嘩よりは余程マシでした。

夫(男)のプライドの崩壊や才能ある妻への嫉妬。それだけでもしんどいのに息子の事故についての取り返しのつかない後悔の念。肯定でも否定でもなく、ただ、人ごとではないやるせなさが分かるだけに辛い。

作家にとって最大の武器である表現力。それを母国語のドイツ語ではなく、英語(たぶん作品は英語で発表)やフランス語(法廷や日常生活)でしなければならないストレス。最近の日本語で言うならば、たとえば『ヤバくね?』という言葉のニュアンスをその使われる文脈ごとに使い分けて伝えるのは、TOEIC800点の人だって、英語圏の人に上手く出来るとは思えません。

妻は自己表現におけるそんな根源的なストレスを抱えたまま、仕事や家庭生活を送っている。そう思うと彼女の抱えている不安や不満、人間関係におけるもどかしさからくる苛立ちの感情も、決して肯定はできないけれど、仕方ないとも思うのです。

ダニエル君。君はなんて理性的で勇気があって健気なんだ❗️
参審員だって人の子、自分の記憶という曖昧なものに誠実な態度で向き合う君に対しての信憑は高まるのが当然です。

人間というのは不思議なもので、いざという時には、経験で学んできたさまざまな事象から導かれる、合理的でかつ熟慮を重ねた判断よりも、その時の感情や直感による判断を優先してしまうことがよくある。つまり、自然界において人間は極めて非合理的なことをしでかす厄介者。

裁判において被告の言動は、常に『合理的に考えれば、こういうことになるではないか』と検察から責められる。
本人にとっては必然に思えても、他人から見れば非合理的にしか見えないような言動は、往々にして本人も言葉では説明できないことが大半。
だから、警察や検察から強要された自白は合理的に見えさえすれば通ってしまう。

人間の非合理性とそれにより引き起こされる不可解な営みを描くのが小説や映画なのだと思うし、この映画はまさにそれを描いていたように受け取りました。
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