CHICORITA主任

落下の解剖学のCHICORITA主任のレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
4.5
カンヌ映画祭パルムドール受賞、アカデミー作品賞にもノミネートされた話題作。

フランスの雪山の山荘で男が転落死。殺人容疑をかけられたのは有名作家である妻、そして唯一の目撃者は視覚障害のある彼らの息子。果たして事件の真相は、事故か、自殺か、殺人か。

主演のザンドラ・ヒュラー、そして息子ダニエル役のミロ・マシャド・グラネールの演技が圧巻。また「パルムドッグ賞」を受賞した愛犬スヌープ役のメッシ君の"演技"も素晴らしかったです。

本作は法廷での審理をメインとしたサスペンスながら、いわゆる回想シーンが登場しません。音声録音や証人の証言を視覚化するシーンはあるものの、それはあくまで話し手の主観や聞き手の想像として処理され、「真実」と異なるものという点が繰り返し強調されます。

後半にある夫婦の口論を録音した音声が再生されるシーン、最も核心的な部分である「誰が何を殴ったか?」については音声が流れるだけの描写に留め、その解釈については各個人で異なる見解が示され、結局何が真実かは明かされることはありません。というか、「回想シーン」として過去の真実を再生してみせるという映画独特のテクニックが、現実では多くの場合不可能であることを示しているようにも思えます。

それ故に、同じ証拠を前にしても、その解釈には揺らぎが生じて対立が生まれます。
それは人間関係、特にこの映画で主題となっている夫婦関係についても同様です。
相手のことを愛している、大切にしている、優先していると当人は思っていて実際にそのように行動しているつもりでも、相手にはそう見えていなかったり、あるいは全く逆の言動に見えてしまっていることすらある。
本作の上映時間の多くはそういった数々のすれ違いが明らかになる法廷劇シーンに費やされ、その強力なサスペンスは本作最大の魅力となっています。

本作において解剖された「落下」とは何なのか?文字通りの転落死かもしれないし、夫婦関係、親子関係、家族そのものの落下かもしれません。

前述の通り本作には回想シーンがなく、登場人物が「実はこうでした」と分かりやすく真実を最後に語るでもない。裁判の決着はつくものの、結局自殺か殺人か?それについてすら解釈の余地を残して幕を引きます。
それは人間関係において、相手を完全に理解することなどできない、そんな事実を突きつけてきているようにも思えます。それに対して本作が提示する対処法は、劇中ダニエルがとったように、何が真実であるかを自分で選び決めること。
誰かを愛するにも、そういった能動的な姿勢こそが最も重要であるのだ。それが本作最大のメッセージなのかもしれません。

法廷サスペンスとして間違いなく一級品、そして夫婦を代表する人間関係の困難さを描いたドラマとしても最高レベルの一作です。
この空気感は映画館での鑑賞でこそ映えるものと思うので、ぜひとも劇場でご覧ください。
CHICORITA主任

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