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落下の解剖学のpepeのレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
4.2
出色の法廷ドラマでした。ミステリではなく、ミステリアスな事件をミステリ仕立ての味付けも伴いつつ深堀りしながらも、すべてを明らかにはしない。いわゆる真相は藪の中というカテゴリですが、その匙加減が絶妙でした。

ひとりの男性の転落死という事件が起こり、その妻が容疑者として裁判にかけられた。その裁判の過程で、真相を探るために事件が解剖=分析されていく。けれどそれはやがて、夫婦という関係というプライベートにも深く切り込んでいくことになり、真相はかえって混迷していく。

裁判所という公の場で、夫婦のきわめて私的なやりとりが明らかにされていき、これは事件の解明に必要なのかと思わされてしまう。決定的な物的証拠がなければ、状況証拠をあげていくしかない。それはそう。けれど、人の心などという移ろいやすいものに頼っていては、「本当のこと」なんて、わかりようもない。

生きていればだれだって先のことを、未来のことを考える。そのために過去はいくらだって欺瞞できる。証拠がないのだから、そういう選択は可能だった。少年の証言はその選択の結果で、本当かどうかは問題ですらない。彼は父のかつて言った言葉を胸に、決意しただけのこと。父親は帰ってこない、けれど母親は帰って来れる。

と、そんな風に自分は感じました。

法廷でのめくるめく台詞の応酬と、夫婦の生々しい激高していく会話で緊張感を高めつつ、スローな弁護士と妻の含みある場面や少年のピアノの演奏の場面を挟み、緩急をつけてだるさを感じさせない2時間半余りでした。色んな見方のできるドラマで、考察をたくさん読んでみたいです。私はとても、面白かったです。
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