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落下の解剖学のstaysweetのレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
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これは好き嫌いがかなり分かれそう…観るかどうかの判断として、情報をふたつ提示したい。


・これはミステリーではない
・犬は死なない(苦しむとこはあり)



あとはネタバレと言うほどでもない断片的な感想覚え書きだけど、まっさらで観たい人はご遠慮ください。
ひとつ先に書くなら、「当てつけや見せしめに死んだって思惑通りに受け取ってもらえるかなんてアテにならないんだから、死に損」かな……



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まずこれはカンヌで評価された作品であって、オスカーではない。
そして解剖はされるが、解説はされない。息子のトリッキーな設定がもっと活かされるのかと思ったがそうでもなかった(ゆえに各所でのあらすじ紹介はミスリードに感じる)、だから空気はミステリーだがジャンルはそうではない。

カナダだっけ?と思うほど英語とフランス語が入り交じり、時系列の入れ替えもほぼないストレートな作りで2時間半の長さ…アメリカじゃ企画が通らなかったかもね?という意味では物珍しさがあるかもしれない。法廷のシーンでもほぼその場でのやりとり。行方が気になるから観ちゃうし冗長までは行かないけど、隣の席の酒臭いあんちゃんは明らかに飽きていた。
それも評判の良さと謎解きの結末を期待してしっかり注視していたのに、さあここから明かされるか、と思いきや終幕。(こういうとき、つい「フランス映画め!!!」と思ってしまう)

つまりこれは、殺人ミステリーと言うよりはもっと心理的なもの、違う情報が入ると見方を変えさせられるという意味では羅生門形式に近いものだった。直截にシニカルではなかったものの、新しい情報や誰かのツッコミで印象が変わってくるのは、現実での事件事故ゴシップ&それにまつわる記事やSNSでコロコロと流れる世論と同じようなものである。その中で大衆はより面白い展開を望んでいるだけ、裁判で気にすべきはどう受け取られてどう裁かれるかだけ。この映画は、“事実”に重きを置いてはいない。

そんなわけだから、観た人の注目ポイントもものすごくバラバラになる気もしている。推理の正解がないので議論は永遠にすれ違えてしまう。しかも劇中での争点は教育、創作におけるアイデア、家庭内での役割分担や妥協点など、まさにSNS上で終わりのない激論(議論以前なことが多い…)を見かけるトピックばかり。ついそこに熱くなってどちらかに肩入れして度を超えた推測をしてしまうかもしれない。しかし法廷でたびたびお互いにストップをかけるように、そのエモーショナルポイントは追求して整理すべき事実ではないのだ。(アメリカの法廷だったらまた進行が違うのかなー)

つい論点がズレがち、見たいとこだけ見て好きに味方しがち、保身に走りがち、批判しがちで大局無視しがち、などなどメディアやSNSでの言説と我が身の振る舞いを顧みさせられるところがある。そういう意味ではこれはホラー(ヒトコワ、社会風刺)であると言えなくもない。映画が決めてくれる結末におもねず、自分自身に拠って立たねばならないと促す意図があるのなら、このモヤモヤエンドが正しいと言わざるを得ないだろう。
(そう考えればストレートな時系列も法廷での展開も、時々ブラすカメラワークも、観客に当事者=劇中の傍観者の視点を与える試みのように思える)
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