ねこみみ

落下の解剖学のねこみみのレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
4.0
たぶんだけどテーマは「視点で印象は180度変わる」「情報操作にコントロールされてしまう人間の恐ろしさ」みたいなところだと思う。それを緻密な構成で体験させてくれる作品。

ミステリーかと思わせるポスタービジュアルと予告だけど、ぜんぜんミステリーじゃなく、ヒューマンドラマ。

好み別れそうだけど私はめっちゃ好きなタイプの映画。
「で、結局どうだったの?」と思ってしまうタイプの人には合わないと思う。主題はそこじゃない。

⚠️ここからネタバレ⚠️



















裁判の中で次々と展開される供述と隠された事実、嘘、感情へ訴えかける弁論…それらを聞く度に自分の中で「誰が悪いのか」の印象がコロコロと変わっていくのを感じる。
それらはいずれも「真実の中の一部のできごと」でしかないというのに。

とにかく構成の見せ方が大変にうまかった。

しばらく画面の中に生きている夫の描写が登場することはなく、生きている人たちの証言だけで夫の人間性のイメージづくりがすすんでいく。
初めて画面にしっかりと夫が登場するのは、夫が録音していたデータが発見されてから。
その録音データが映像で再現される。こんな人だったのか、こんなやりとりがあったのか、と、そこでまた印象がかわる。
ただ、録音の最後の箇所、音だけでは真実の判断ができない殴ったような音のところだけは、映像で見せられず、登場人物たちと同じように音のみとなる。
妻は殴っていないと主張する。夫が自分で自分を殴ったのだと。
真実は何なのか。。。

インタビューをしにきた学生への態度は誘惑だとの主張も、あまりにも誘導的で偏見の入り交じった言いがかりだ、と感じていたけれど、妻が実は何度も浮気を重ねていた人物だと明らかになってからはすっかり印象がかわってしまう。
それだけでなく、そんな印象の変更点が何度も何度も登場する。

目がよく見えない息子にとっては、すべてを音・匂い・雰囲気のみで判断しなければならないという、私たちがあの音声データを聞かされた時の難しさに近しい感覚が永遠にのしかかる。
しかも愛する父と母のことだ。感情も乗る。心臓がちぎれそうなほど苦しい判断が求められる。

最後の息子による証言、犬を病院に連れていく車内での会話が映像で再現されるが、それだって息子の主観でしかない。
父は映像に映っているが、視点は息子。声も喋る息子のそのまま。本当に父はそういう言い回しで言ったのか、画面に映っているような表情だったのか?
「今思えばこうだったのかもしれない」が反映された息子の主観に過ぎない可能性がある。
そういうことを感じさせる画面構成。

そして友人であり妻の弁護を担当する弁護士がめちゃくちゃイケメンで、しかも妻にかつて恋をしていたというのだ。
終始怪しい空気があり、家の外での飲酒の描写も、勝訴のあとの飲み屋の描写も吐き気がする。
愛している夫が亡くなったばかりで、あんなどんちゃん騒ぎにあんな空気に…どういうこと?
直接的には2人の間に何かがあった描写はないけれど、男女の空気感は十分に伝わってくる。

結局真実はなんだったのかは描かれない。
そこを考えることがこの映画の醍醐味だ。

この内容で「落下の解剖学」としたのも最高のセンス。
いい意味でのミスリードもありつつ、内容としてはたしかに事実を解剖していくようなものだ。そして解剖結果ではなく、解剖そのものに焦点があたっている映画だ。

犬がとにかく名演。どうやってるの?あれ。
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