Hiroki

落下の解剖学のHirokiのレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
4.1
ついに今週末に迫ったオスカー。
関連作を着実に観てるのでここから駆け込みます!

オスカーはDGA、BAFTA、SAG、PGAと前哨戦が全て終わって『オッペンハイマー』の圧倒的な勝利がほぼ確実になってますねー。
誰もこの勢いを止められない。
つくづくオスカー前に『オッペンハイマー』が観れないのが悔やまれる...

さて今作は2023カンヌのパルムドール作品!
そしてオスカーでは作品賞、監督賞、主演女優賞、脚本賞、編集賞の5部門ノミネート。
興収的には本国フランスでは約1,300万ドル(約20億円)、全世界で約3,000万ドル(約45億円)。
どこかで「全米でもスマッシュヒット」みたいな言葉をみかけたのですが北米では約500万ドル(約7億円)とそれをヒットと呼ぶのかという数字ですが...

クリエイターのジュスティーヌ・トリエは今作で長編4作目。
過去3作全て観ているのですが個人的にはあまり好きではない。と言うか合わない。
彼女は元々ドキュメンタリーを撮っていて社会派。
映像の撮り方や編集(自分で編集している)が面白い。
そして基本はコメディ。かなりシニカルなブラックコメディを得意としている。

2023カンヌの頃からかなり好評でも自分の目で観るまでは信用できないのがこの人。
ただシンプルに面白かった!
まず色々な所のプロモーションの煽りで使われている「ミステリー」「サスペンス」「スリラー」は全て違う。
複雑な犯人像や高度なトリック、「真実はいつもひとつ」みたいな事は全然ない。
どちらかというとヒューマンドラマに近い。
ただコメディではない。
シリアスドラマだった。
ジュスティーヌ・トリエがシリアス?
これが1番びっくりしたかも。

まず悪い所から。
上記のようにミステリー的な内容だと思ってると最後に謎解きはないので肩を落とすかな...
真犯人とか別にわからないし、そこが主題ではない。
まーこれはプロモーションの問題だけど。
そしてそのテーマがあまりに広すぎる。
家族の問題、クリエイティブの問題、セクシュアリティの問題、司法、感動ポルノ、マスコミ...
この私たちの生活を取り巻く様々な問題をうまくマッシュアップさせているのが今作の良さではあると思うが、同時に家族/クリエイティブ/セクシュアリティあたりはかなりメインテーマとしても食い込んできているので、しっかり描くならもっと時間が必要だったようにも感じる。
どれかに絞った方が良かったのではと思ってしまった。

ただ基本的には非常に良くできていた。
まず脚本と撮影&編集が素晴らしい。
152分の中で言ってしまえば“夫を殺した犯人は妻か否か”と言うだけの話なんだけど、緊迫感をギリギリで保ちながら進んでいって飽きさせない。
序盤でほぼ情報を明かさずに徐々に人々の言動などから詳細がわかっていき、緩くなりそうなタイミングでまた新たな情報が出てくるという作りも良い。
最初フランス語と英語が混在している事に違和感を感じていたが、その理由がわかりしかも夫婦の不和の伏線になっている所とかも面白い。
細いフックがたくさんあってそれを編集でさらに補強しているイメージ。
日本でこれ系の話を作るとがちがちのミステリーかドタバタコメディみたいになりそうだけど、しっかりそれをシリアスドラマでやるというのも良い選択だったと思う。
トリエは自分で編集をするタイプの監督でこーいう試みは前からやっていたけど、だいぶ洗練された気がする。

そしてこれはトリエの今までの総決算的な映画という点も興味深い。
長編デビューの『ソルフェリーノの戦い』での報道モノ、『ヴィクトリア』で法廷モノ、『愛欲のセラピー』で私生活の暴露モノとこれまで描いてきたものをブラッシュアップさせてひとつにしたのが今作。
自分には合わないと思ってきた過去の作品も今作への土台となっているかと思うと、それはそれで感慨深い。
過去作から追っている人にとっては、彼女のこれまでの歩みがいかにこの作品に表出されているかが見えて、楽しいかもしれない。

あとはやっぱり子供の目線がね。
非常に重要というか。
でもこれ最初に書いたように重要なんだけども、セクシュアリティというかジェンダーという要素とクリエイティブの何かを生み出す者の葛藤という要素が絡まり合ってくるので、良くも悪くもその子供の目線にフォーカスしづらくなっているんですよねー。本当に注意して観ないと流れてしまいそうというか。
ここは個人的にはもう少し子供の、家族のイシューに重きを置いても良かったのかなーと思いました。

キャストはなんといっても主演のサンドラ・フラー!
トリエ作品には『愛欲のセラピー』からの連続出演。
2023カンヌでは本作がパルムドール、ジョナサン・グレイザー『関心領域』がグランプリになったため、女優賞は受賞できなかったが間違いなくこの年のミューズだった。(カンヌは映画祭なので主要賞が重複する事はほとんどない。)
上記の“夫を殺した犯人は妻か否か”という物語の性質上、ほとんど心理的な側面を見せない女性。しかしたまに覗かせる彼女の本当(かもしれない)の顔。
この軟硬織り交ぜた職人技のような演技は圧巻!
弁護士ヴィンセント役のスワン・アルローも良い。
サンドラの事が好きだった。おそらく今も忘れられない。でも今はクライアント。というあの微妙にして絶妙な雰囲気。
よかったなー。
あとワンコが最強でした。全部本当に演技してたらしい。
あとあとキャストじゃないけど50Centの『P.I.M.P.』があたまから離れないや。

長くなったのでオスカー予想で締め。
作品賞は『オッペンハイマー』が圧倒的フロントランナーで本作には勝ち目なしか。
監督賞も同じくクリストファー・ノーランが大本命。
主演女優賞は『オッペンハイマー』のノミネートがなくチャンスと思いきやこちらはリリー・グラッドストーンvsエマ・ストーンの一騎打ちの模様。サンドラ・フラーにも一応チャンスあり?
脚本賞は同じく『オッペンハイマー』がいないのでチャンス。本作と『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』が争う形。
編集賞も『オッペンハイマー』が有利。ただ次点では本作が候補に来そうな予感。

2024-7
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