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落下の解剖学のmitzのレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
4.1
2023年カンヌ映画祭にてパルムドールを受賞したミステリーのようでミステリーではない作品。
雪山の山荘から転落死した夫、残されたその妻と視覚障害を持つ息子、そして飼い犬。後半から始まる法廷劇で語られるそれぞれの「真実」。そして時間の不可逆性を利用しながら「事実」を描かない巧みな演出が続きます。
序盤にベストセラー作家である妻がインタビューを受ける場面。話題をすり替え何も語ろうとせず、またそれを大音量で妨害する夫。その異常性を引きずりながら、中盤での同じ作家同士である2人の社会的/経済的な不均衡を激しく罵り合う強烈なブレイクスルー。そして息子の視覚を奪ってしまった辛い過去。
物語は自殺か他殺か、それとも事故なのか?それぞれの語る「真実」を絶妙なバランス感覚と(犬も含めた)登場人物たちの圧倒的な演技力により惑わし続け、また夫の人物像を多く描かないことで意図的に余白が残されます。その点描的な構成を陪審員のように観る側にも「主観的な真実を選び取る」ことを強いた末にカタルシスのない結末を迎えます。
全く持って溜飲の下がらない作品ですが[パルムドール ≒ 非エンターテイメント]と捉える、むしろその余韻すらも素晴らしく感じることのできる良作です。

(原題のままですが)「落下の解剖学」という音の響きと字面の美しいこと、の+0.1。
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