ボブおじさん

落下の解剖学のボブおじさんのレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
4.2
ジャンルとしては法廷ミステリーということになるのだろうが、この映画には名探偵も名弁護士も登場しない。確かにミステリーではあるのだが、同時に夫婦の関係の闇や息子との微妙な関係性を描いた人間ドラマでもある。

雪山で転落死した夫の殺人容疑で妻のサンドラが裁判にかけられる。だが唯一の目撃者は、視覚障害を持つ11歳の息子だけだった。

冒頭の階段からボールが落ちてくるファーストショットが、この作品が落下を廻る物語であることを示唆する仕掛けとなっている。落下するのは〝夫の身体〟だけでなく〝家族の関係〟も表している。

初めは転落死と思われていたが、その死には不審な点も多く前日に夫婦喧嘩をしていたこともあり、ベストセラー作家の妻に夫殺しの疑いがかけられていく。

サンドラの主張は、真実なのか。彼女は創作と現実の世界を自由に操るベストセラー作家だ。そのポーカーフェイスの裏にどんな秘密が隠されているのか?

とにかく脚本が秀逸だ。事件の真相が明らかになるにつれ、仲睦まじいと思われていた家族像とは裏腹の夫婦の間に隠された秘密や嘘が露わになっていき、見ているこちらの予想を次々と裏切っていく。

会話の途中でカットが変わる歪な編集により、全体に何とも言えない不穏な雰囲気を醸し出す。夫の母国フランスに暮らしているドイツ人のサンドラはフランス語が得意ではない。

人生を左右する裁判で自分の気持ちを慣れない英語で伝えるというもどかしさも伝わってくる。同時に違う文化圏の者同士が一緒に暮らすことの難しさについても考えさせられる。見ているこちらは同情と猜疑心の間を行ったり来たりと忙しい😅

果たしてこれは事故なのか?自殺なのか?それとも殺人か?見ているこちらが疑念の中に落ちていく。だが、劇中で絶対的な事実は明らかにされない。実際の裁判でもこういうことは多いだろう。

サンドラは自分の経験に基づく物語を言語化する能力には長けているが、家族との関係を見ると相手の気持ちを慮る能力はどうなのだろうかと思ってしまった。

劇中感じたのは、人間の多面性と不確かさだ。だが、これは誰の身にも起き得ることではないのだろうか?果たして真実は何なのだろうか?息子のダニエルは、何を見て何を証言するのだろうか?


追伸         
2024.3.11
本日発表のアカデミー賞にて本作が脚本賞を受賞。個人的には納得の結果だった😊



〈余談ですが〉
以前、裁判の傍聴にハマっていた時期があり、その時のことを思い出した。というのもこの映画を観ている間、まるで裁判の傍聴席にいるような感覚に陥ったからだ。

地方に単身赴任となり最初はその土地の名所や温泉♨️を巡っていたのだが、それも一通り終わると時間を持て余すようになった。そんな時、ある実録小説を読んだことでハマったたのが〝裁判の傍聴〟である。

朝一番で徒歩圏内にあった地方裁判所に出かけて、当日の裁判のメニューを確認して、1番面白そうな裁判の目星をつける。裁判が午後なら、これまた歩いていける映画館で映画を見て時間を調整して映画と裁判のハシゴをする。

人の一大事に不謹慎のようだが、裁判の傍聴には、〝傍聴を通じた国民の適正なチェックにより公平・中立な司法の維持を保つ〟という大切な役割があるのだ‼︎ということにしておきます😅

その時に感じたのは、〝真実なんて本当は本人にしかわからない〟ということだ。

もちろん決定的な証言や動かぬ証拠が出てきたら間違い無いと言えるだろうが、実際には状況証拠や証言を積み重ね〝たぶんこうなんじゃないだろうか〟つまり〝真実と思われる証拠〟を検察が提示し、裁判官がそれを認めるかどうかで判決が下される。

何が真実かではなく、〝真実と思われる事は何か〟が争われるのが裁判の様に感じられた。100%の確信が無くても何らかの結論を出すのが裁判であり、出された結論は判決であり、イコール真実とは限らない。
つまり 判決≠真実 ということだ。

単身赴任は1年で終了した為、裁判の傍聴は20回程度のマニアとは言えぬ初心者だが、健全な司法制度の維持への貢献及び裁判制度の理解を深めると同時に、ほんの少しだけ〝他人の人生を覗き見る〟ことを経験した(ほんの少しだけですよ😅)