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落下の解剖学のakiakaneのレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
3.6
日本の法廷ドラマにありがちな展開を期待して見ると、どこまでも曖昧で確定事項の無い法廷劇に退屈さを覚えるかもしれない。
ちなみに自分は、息子のダニエルが「視覚障害者ならでは」の感性で事件の証拠に気づき、謎を解き明かしていく法廷ミステリものだと思っていた。

――世間からリベラルで良識的というイメージを持たれている売れっ子作家。しかしその実、作家は仕事を理由に家事や育児をパートナーに押し付けていた。
パートナーが「なぜ話し合いを避けるのか」「自分ばかり家のことのせいで執筆に時間を割けないのは不公平だ」「小説のアイディアを奪われ、浮気までされた」と被害感情を露にすると、作家は「自分は何も奪っていない」「書けないことを人のせいにするな」「小説のアイディアを貰うことも不倫も了承済みだった」「被害者ぶるな」と高圧的に罵り、ついにはグラスを壁に投げ付けパートナーを殴打する冷徹で利己的な一面を見せた――

きっと「作家」と「パートナー」の立場が男女逆だったら極めて「ありがち」な裁判になっただろうし、その場合、自分は被害者にかなり感情移入しただろう。
ダニエルに対する「視覚障害者ならでは」という大変無礼な先入観も含めて、登場人物たちだけでなく観客自身の主観やバイアスに考えを巡らせてくるような作品だった。

《余談》
装丁は悪くないが、パンフレットの内容が本編写真とググれば分かるキャスト・スタッフのプロフィールばかり、寄稿文も完全に映画界隈の内輪の人々のストーリー解説集となっていて残念。

女性が強く主張したり仕事を優先したりしようとすると男性の何倍も冷徹な人に見えてしまうというジェンダーバイアスへの言及とか(なお、不倫と暴力は一切擁護しない)、夫婦の書いていた小説はどんなものだったとか、フランスの法廷の仕組みや社会背景、山荘の内装、スヌープの演技指導方法とか本編で分からない情報を入れてほしかった。

(字幕翻訳:松﨑広幸)
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