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落下の解剖学のsomaddesignのレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
5.0
 ベストセラー作家のサンドラは、夫と視覚障害のある11歳の息子と人里離れた雪山の山荘で過ごしていた。ある日、息子が犬の散歩から帰ると、戸外に血を流して倒れている夫を発見する。息子の悲鳴に駆けつけるサンドラは救助を要請するも夫は死亡。警察の捜査の結果、事故・自殺・事件の可能性を疑われ、サンドラにも疑惑の目が向けられる。

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原題「Anatomies d’une chute(英題:Anatomy of a Fall)」。1959年の映画「或る殺人(Anatomy of a Murder)」オマージュなタイトル。
監督によれば他にも「ゴーン・ガール」「マリッジ・ストーリー」「ブルーバレンタイン」「氷の微笑」…といった作品から影響を受けて作られたそう。共通するのは「夫婦とは夫・妻という役割を演じるもの」という本質。

登場人物たちの内面が描かれないので、言動から伺い知るしかない作り。裁判のやりとり含めて、実際に事件を傍聴し裁判員になった気分が味わえる。

裁判の経過とともに新事実が明らかになるので、ミステリーとして見れば設定の後出しジャンケンみたいだけど、実際の裁判を見てるようでもあり傍聴マニア気分にもなれた。

よく「裁判で真実を明らかにする」といった言い回しがあるけど、実態は「何を真実として認定するかを決めるのが裁判」ってことがよくわかる。『ポスト・トゥルース』っちゅーのか、誰も本当のことなんて分からない世界で、何を真実として折り合いをつけていくのかの物語。


夫婦・家族の物語でありながら、あくまでお互いは別人格の他人。互いの腹の底が分からないし、お互いにどう見え/見られてるかも分からない話でもあって、なかなかに痛烈なテーマだ。

思い返せば、フランス人の夫とドイツ人の妻が、互いに母国語じゃない英語での会話。資格情報で伝達できない息子。そもそも言葉が通じない犬。会話が通じても言葉尻を捉えられる裁判の場…etc. コミュニケーション不全が起こす不信と悲劇の物語でもあったのかも。

夫婦間の力関係の変容や、グレーゾーンの話でもあるし、サンドラが実生活をモチーフに執筆してるせいで、実人生と創作物のグレーゾーンの話でもある。虚実入り乱れ。


自分用メモ)
冒頭、上階から大音量で流されるのは50centの「P.I.M.P.」のインストカバー版。ドイツのインストバンドBacao Rhythm & Steel Bandによるスティールパンのカバーバージョン(2008年アルバム「Look-A Py Py」収録)。元曲はスヌープドッグがfeatureされてることもあり、劇中の犬の名前の由来ってもしかしてラッパーのスヌープからなのかしら?

監督ジュスティーヌ・トリエと脚本アルチュール・アラリは実生活でも夫婦(パートナー)。共同で脚本を書き上げ、トリエ監督はサンドラ役にザンドラ・ヒュラーを念頭において本作を執筆。「愛欲のセラピー」以来、二度目のタッグとなった。

サンドラ演じたザンドラ・ヒュラー。「愛欲のセラピー」をはじめ、アンドロイドとの恋愛映画「アイム・ユア・マン」の社員役が記憶に新しい。柔和な佇まいの一方、どこか謎めいて腹の底が見えない謎の人物にも見える。弁護士ヴァンサンが仄かな想いを寄せてるのを知って利用してる風なトコもあって、加害者にも被害者にも見える演技が素晴らしい。息子ダニエルを守りたい一方で、ダニエルから自分がどう見えてるか気がかり。ダニエルにだけ正体を見透かされてドキドキしてる感じも良かった。
公開間近の「関心領域」でも重要な役どころらしいので、今後の活躍含めて期待値高まる。


パルム・ドッグ受賞も納得の犬の名演。
愛犬スヌープを演じたボーダーコリーのメッシくん。当初の予定ではゆっくり歩く犬をおうカメラワークで周囲を観察する犬視点を撮る予定だったそうだが、機敏に走り回る犬種なせいかゆっくり歩き回ることができないため断念。実現してれば「犬は見ていた」って話にもなってたのかも。

13本目
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