すえ

枯れ葉のすえのレビュー・感想・評価

枯れ葉(2023年製作の映画)
5.0
記録

前回、体調不良で丸1時間ほど寝てしまったという、カウリスマキへの不敬を詫びます。今回は、平日の朝一番、パッチリお目目で鑑賞。大切な時間をありがとうカウリスマキ。

カウリスマキが引退を宣言してからこの『枯れ葉』に至るまでの6年、まだその重みを噛み締められていない。映画狂の皆さんがどれほどこの作品を楽しみにしていたかなんて、おそらくこれっぽっちも分かっていないんだろう。しかし今日だけは、その『枯れ葉』を楽しみにしていた一員に含めて欲しい。カウリスマキが好きだと言わせて欲しい。

【カウリスマキが描く孤独】
映画は彼らしく、生活に苦しむ2人の男女から始まる。『パラダイスの夕暮れ』『真夜中の虹』『マッチ工場の少女』のプロレタリアート3部作の続編とも捉えられる今作、特に俺のお気に入りの『パラダイスの夕暮れ』のようだった。しかし、やっぱりカウリスマキは変わった。プロレタリアート3部作は厳格さを軸に、どこまでも冷たく、どこまでも孤独な映画で、言うなれば寂しさや孤独の“発見”であった。

何度も主張するが、契機はやはりマッティ・ペロンパーの逝去だろう。その頃から彼の映画は寂しさ・孤独の“発見”から、寂しさ・孤独の“受容”へと明らかに移り変わっている。

【カウリスマキは怒っている】
ほとんど初めて、彼は映画内で彼自身の怒りを見せた。なんと、めちゃくちゃブチギレている。それは、作中で何度も耳にするロシアのウクライナ侵攻に関するものである。それだけに留まらず、彼は争いそのものに怒りを覚えている。だからこそ、ラブストーリーを描いた。彼が引退宣言を撤回した理由、映画を撮らねばならなかった理由がそこにある。

【変わること、捨てること】
今作では幾度となく、“捨てる”という行為が映し出される。特にホラッパ(ユッシ・バタネン)が酒を洗面台へ流し捨てるシーン、ここから彼はアルコールを断ち、小さな幸せへと歩みを進める。そう、人が自分自身を変え、前に進むためには何かを捨てなければならない。それは、形ある物質だったり、形のない習慣だったり、人によって価値も形も違う。それはきっと、当人にとって大事なもので、捨てがたいものだろう。大事なものを捨てることで始めて、前進することができる。捨てたものの数だけ物語がある。俺のゴミ箱は空っぽだ。

【煙草と孤独、コミュニケーション】
カウリスマキ映画では度々、煙草が登場する。彼の映画における煙草は孤独の象徴として機能し、時には言葉を介さないコミュニケーションともなる。煙草が孤独という記号にもなり、また理解という記号にもなる。だから、カウリスマキ映画の煙草はカッコ良さが微塵もない、でもそこが好きだ。

【汽笛、2人の距離】
今作で印象的に使われていた音の1つに、船の汽笛がある。2人が同じソファに座り、近い距離にいる時に鳴る汽笛、近くにいても心は遠い。2人が別の場所で眠りにつく時に鳴る汽笛、遠くにいても心は段々と近づいている。2つの音は全く別に聴こえる。

【キートス、カウリスマキ】
俺は彼が、彼の描く孤独が、愛が好きだ。『枯れ葉』で改めてそう感じた、まだ映画を作り続けて欲しい、切に願う。
大切な時間を、有難う。

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