みむさん

関心領域のみむさんのレビュー・感想・評価

関心領域(2023年製作の映画)
5.0
トロント国際映画祭にて。

ジョナサン・グレイザー監督約10年ぶりの新作(その前も約9年空いてる)、マーティン・エイミスの小説を脚色というかゆるく基づく程度でかなり変えてるらしい。
ホロコーストとナチ盲信による人間的思考の喪失の恐怖を絶妙な距離感で一見穏やかで幸せそうな家族の生活から想像させる。ユニークかつ恐ろしい。
撮影監督は「IDA」「COLD WAR」のウカシュ・ジャル。サウンドは今回もミカ・レヴィ。
主演のクリスティアン・フリーデルは「白いリボン」であのメインキャラクターの教師を演じていたので、ある意味繋がっていると言っていた。確かにね。

「モンスターではなく(人間性を失った)人間が行った恐ろしいこと」を痛感させられる。
無駄を削ぎ落とし、日常生活の流れを複数(多いときは10台)の隠しカメラ定点カメラで自然に写しながら(そういえば前作でも隠しカメラ使用してた)、その生活の中に浮かび上がる恐怖のかけらを知らしめる。それがラストに向けてひっそりとじわじわ増幅していくような…。
スクリーンに映る限界を超えて潜む恐怖を突きつける、ゾッとする映画。
サウンドデザインが良いので音響が良い劇場で観るのがオススメ。
聴覚だけではなく視覚的にも自然に溶け込んでいる情報量が多い。
幸せな家庭を映すが見てる側には心的にグロテスク。心がざわつきながらの鑑賞。

その家族はアウシュヴィッツ所長ルドルフ・ヘスの一家。立派な家で子供を育てをしている。
その生活は何をもって成り立っているものなのか観客は知ってて観ることになる。

川には異物(それが何かを言わなくても想像させる)、花をよく見ると…、美しい庭の奥には壁と有刺鉄線、乾いた破裂音、森の向こうには汽車の音、煙が見える…

あの出来事を間接的に感じる日常に背筋が凍る。その環境での生活に家族もストレスは抱えているだろうと思うが、彼らはあの状況を当然のことと信じてるわけなので、観客が思うものとは全く違うストレスを抱えているように見える。
それをかき消すように、あくまで仕事の成果として幸せな家庭を必死に維持しようとしてるようにも見える。

彼らは壁の向こう側に無関心なわけではなく(むしろ関心は大いにある)、あの状況を国のためor良いことをしていると信じて疑っていないのであの場所でも幸せに生活ができる。盲信・傾倒で人間性を失っていることに何の疑問もなく日々を過ごす。
それが恐ろしすぎる。

夫がナチス(アウシュヴィッツの収容所の所長)だということを除けば、夫の仕事には口を出さないが昇進を願いつつ、優雅な暮らしを満喫したい妻の姿があり、子供に手を焼く母の姿があり、家に仕事をなるべく持ち込まないようにする夫の姿があった。
ただ、あの制服を着て仕事に行くということは、つまりそういうこと…と想像すると、その切り替えの早さにも単にそれを仕事としか思っていないことにもゾッとするし、夫が「具体的に」何の仕事をしているか知りながら優雅な生活を謳歌する妻の心境も言葉にし難いものがある。
夫婦の機能不全や家庭を顧みない夫との不仲を描いたドラマと表面上は変わらないけど、夫の属性と仕事内容がそこに加わりさらに重苦しい雰囲気に。

穏やかな日差しの緑豊かな土地、長閑な家族の生活に、モノクロで差し込まれるある少女の行動(これも背景と属性を想像させる)、時折ホラー映画のようなサウンドが乗っかり、遠くに聞こえるあの音と声。真っ赤、真っ黒になるスクリーン。

家族にも周囲にもある動きが起こるのは想像ついても青ざめるし、その後に起こる歴史的惨劇も予感させて、見終わって言葉にするのが難しい感覚に襲われた。

エンドロールの曲が悲鳴みたいに聞こえたのは私だけかな…
観終わってしばし放心状態だった。
恐怖や居心地の悪さを感じるだけでなく、他にも感じたり考えることが怒涛のように押し寄せてすぐに整理できないから。

監督は、決してモンスターとしてではなく普通の人間として同じ人間に恐ろしいことを行った、人間性の喪失や現代でも起こり得る話…的なことや、この映画を撮るにあたって父と話したことなど話していた。(※ジョナサン・グレイザーはユダヤ系イギリス人、ホロコーストの悲劇については長年考えてきて、アウシュヴィッツファンデーションとの仕事も過去にしているらしい)

QA終了後も監督がしばらく残ってファンからの感想を一人一人丁寧に聞いていた(うっすらとしか風貌を知らなかったので、実物がものすごいカッコ良くてびっくりした)。
私は鑑賞直後で放心状態だったので「素晴らしかったが今はまだうまく言葉にできない」と正直に伝えたのち少し話すことができて感無量だった。
(答え合わせではなく「感じて考えることが重要」的なことを言っていた)

個人的にはパルムドールはこっちが取ってほしかったかなー?

※タイトルは原作小説と同じ。直接的にはアウシュヴィッツ周辺の区域を名付けたドイツ語の「Interessengebiet des KZ Auschwitz(=The zone of ​​interest of the Auschwitz concentration camp)」からきている。
鑑賞後にInteressengebiet des KZ Auschwitzを検索してみるといいかも。

※追記
映画観た後にルドルフ・ヘスが書いた手記を読んだ(日本語版も出ている)。クリスティアン・フリーデルの演技が「かなり」イメージに近いことがわかる。

コメント欄にメモあり(実際のルドルフについてのメモと2回目見て気づいたこと)👇