Asino

関心領域のAsinoのレビュー・感想・評価

関心領域(2023年製作の映画)
4.2
試写で。

アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所の所長だったルドルフ・フェルディナント・ヘスは、収容所のすぐとなりに、妻と5人の子供たちと共に暮らしていた。
描かれるのはこの屋敷での、一見平和でありふれた日常だ。
夫は昇進のためにいかに業務を「効率的に」行うかに必死で、異動命令で、せっかく整えた自慢の庭を取り上げられるのではと腹を立てる妻の機嫌を取りながら、隠れて部下に手配させた女性を抱く。妻は順調に出世している夫とその成果物である屋敷を見せるために母親を招き、自慢げに隅々まで案内する。

でも映画は、もう本編が始まる前から強烈な「音」と「気配」に満ちていて、けしてそんな「一見平和そうな」映像に心地よく騙されさせてくれない。

常に悲鳴と罵声と銃声が遠くから聞こえ、水浴びしている川には「灰」が撒かれている。その灰は、常にもうもうと黒煙をあげている煙突のしたでできたものは明らかで、焼かれる前にはなんだったのかは明らかだがけして写し出されない。
焼却炉の「素晴らしい」性能や、何万もの「荷」をいかに効率的に運搬するかの計画が話し合われるところは見せても、実際に苦しめられている人々の姿はかたくなに映さない。

それはこの家で暮らす人たちが、おもちゃの兵隊で遊んでいる幼い少年に至るまで、「壁の向こう」で何が起きているかちゃんとわかっていて、それでいてけして見ようとしていないことの象徴。
目を背け続けていれば彼らは存在せず、自分達の罪もなかったことにできると思っているのだろうけれど、「音」はけしてやまないし、映画だからわからないだけで、あの黒い煙は恐らくはずっと逃げられないような「匂い」としてあの(一見美しい田園風景が広がる)一帯を包んでいるに違いない。

これを見て思ったのは、アカデミー賞の監督のスピーチに拍手せず、ましてや内容を非難するような声明に署名したんだという人たちのこと。
彼らは映画の中で召し使いとして働かせている少女に、「灰にして撒いてやる」と言いはなった「一見よき妻」(サンドラヒュラー)とやってることは同じだと思う。

そしてこれをただ「映画」として見ている自分自身が、今起きている現実にたいして沈黙していたら、彼らと同罪なのだという改めての「怖さ」も。
あの状況でりんごを置きに行く少女にはなれなくても、せめて実の娘の家を逃げ出す母親の感覚は持ち続けていたい。
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