umisodachi

愛にイナズマのumisodachiのレビュー・感想・評価

愛にイナズマ(2023年製作の映画)
5.0
『月』と同時期に公開されている石井裕也監督の新作。

花子は新進気鋭の映画監督。常にカメラを携帯して生活してきた。短編作品がとあるプロデューサの目に留まり、ようやく商業作品のオファーを受けて自分の家族を題材にした脚本を書いているものの、打ち合わせでは助監督に徹底的にダメ出しされてしまう。コロナ禍なので自宅にPと助監督を招いたが、そこでもダメ出しの嵐。鬱々とした気分のまま、花子は見かけたバーに足を踏み入れる。そこには正夫がいて……。

とても良かった。大好き!

本作は明確に前半と後半に分かれていて、まったく違う作品のような印象を受ける。前半の花子は業界のイヤーなパワハラ(と、セクハラ。なあなあになっている映画業界のセクハラ問題を意識してると思われる)を張り付いた笑顔で受け流す生真面目な若い女性という印象。三浦貴大が演じる助監督が腹の底からムカつく好演で、非常にイヤな気持ちになるのだが、同時に自己嫌悪にも駆られた。

なぜかというと、彼が言っている内容は私が映画の感想を書いているときによく引き合いに出す視点だからだ。「こんなことをする人間はいない。リアリティがない」「理由が明確ではない」など、自分も書いているよなあこういうこと……と自覚せざるを得ないのがキツかった。また、三浦貴大のキャラクターは極端に見えるが、あの業界には実際にああいう人間はいるし、別に珍しくもないのは事実。「はあ?そんなの当たり前じゃん(笑)」とバカにされたり、「青いなー(笑)」と言われたことは私も数えきれないほどある。

興味深いのは、前半で散々捲し立てられた「理由は必要」「理由がなく生じる展開はあり得ない」「そんな(常識的ではない)人間などいない」といった<セオリー>が、本作を通じて悉く覆されることだ。まったく理由がわからない唐突な展開も、過剰に聞こえるベタすぎるセリフも、常識では考えられないほど醜悪だったり失礼だったりする人間も、たっぷり登場するのが面白い。

正夫と出会い、かなり酷い展開を経てストーリーは急に「家族の物語」へと突入する。前半ではニコニコとして生真面目そうだった花子は、家族の前ではとても口が悪く常にイラついているキャラへと豹変する。人間は、対する人物やシチュエーションによって表情を変えるものであり、どちらも同じ花子なのだ。

父親、2人の兄、そして花子の手伝いをしている正夫が集うと、一気に本作はコメディの様相を強める。花子がずっと不可解に感じていたことの謎が少しずつ明かされ、家族それぞれの色々な姿が次々と顔を出す。彼らには常に花子のカメラが向けられているのだが、花子の持論「カメラを前にすると、人は芝居をせざるを得ない」を強く意識した構成で、特にカメラを前にすると戸惑う佐藤浩市の圧倒的な一般人感には驚いた。ここ最近の佐藤浩市の役の中でもダントツで◎!池松壮亮の複雑なような単純なようなキャラクターも非常に魅力的で、後半は自然と笑いが漏れてしまうシーンが多数。

実家の裏山の土砂崩れリスクなど、張られても回収されない伏線もあるし、前半から後半の途中までしつこいくらい強調されていた「赤へのこだわり」も、正夫の「なんでみんな赤着てるんですか?」というセリフ以降、一気に頻度が落ちたりする(完全になくなりはしないが)。映画の考察厨が目をつけそうな要素を「いかにも」な感じで提示しておいて、敢えて外していくスタイル。劇的な出会いを描いていながらも、異性愛がメインのテーマになっていないのも意図的だろう。過剰と敢えての盛り過ぎにより、「想定内」を華麗に逸脱していくのが見事。

理由を説明できない衝動、道理が通らない行動、説明できない偶然、現実ではあり得ないような真実など、本作にはわけがわからない要素がこれでもかと詰め込まれている。前半でしつこいくらいに映画について語らせ、映画のセオリーを敢えて意識させることによって、そういったセオリーを「どうでもいいだろ!」と打破していくと言えばいいのかな。コロナ禍からの脱却とも相まって、殻を破るパワーを強く感じた。

だからといって、本作は映画を否定しているわけではもちろんない。セオリーをどんなに無視していようと、圧倒的に面白いからだ。そこには絶対的な自信を感じるし、「映画は最高だ」という強い信念が籠っている。「映画は最高で、大切なのは愛」私が感じたメッセージはシンプルにこれ。他者からの評価を非常に気にしていた花子のその後を描かないことにも潔さを感じた。彼女や家族が得たものは、外部の評価とは完全に別個のものとして、確かに価値があったはずだ。とにかく、なんだかボロボロ泣いちゃったよ。

別のシーンとはいえ、親子共演を果たしている仲野太賀と中野英雄にも注目。父親の代表作を受けての仲野太賀の役の顛末は悪趣味ギリギリのオマージュだったが(感想としてありそうな「そこまでする必要はないよね?」への反論でもあるのかな)、あそこまでやるのも個人的には納得。

唯一の難点はカトリックの描き方。カルト呼ばわりされるのはともかく、普通に描写が間違っている。カトリックの聖職者は酒もタバコも禁止されてないですから!
umisodachi

umisodachi