オクターヴ

愛にイナズマのオクターヴのレビュー・感想・評価

愛にイナズマ(2023年製作の映画)
3.9
雷鳴が轟く中、外の様子を心配そうに見つめる佐藤浩市の横顔をカメラがとらえる。この瞬間、この映画を信頼することに決めた。時間の使い方は実に贅沢だ。画面の強度は弱いが、その弱さは俳優陣が見事に補填する。つまり、俳優の持ち味を出すのがうまい映画なのだ。松岡茉優は立ち位置を理解して演じ分けられる器用な俳優だ。新人映画監督から妹まで幅広く演じられる。後半からやや存在感が薄くなったのは、おそらく監督という職業的ポジションを意識したのと妹という立ち位置に戻ったからであろうか。にしても、喜劇から悲劇までやれる頼もしい存在である。佐藤浩市がいなければ、まったく違う映画になっていたと思う。いよいよ白髪にも慣れてきたし、複雑な事情や傷のある男をしっかり演じられる俳優だ。強さ、弱さ、あと愛嬌もあり、日本映画に欠かせない俳優である。こういう映画を観ると相米慎二監督の佐藤浩市を思い出すのは私だけではあるまい。池松壮亮は、後半から終盤まで支えた素晴らしい俳優だ。「シン・仮面ライダー」でも彼が一番好きだった。この兄妹の中では資本主義社会の理不尽な側面を知る妹に近いポジションで、さらに正義感も強くタフで頼もしい。彼はいいね。作品を追っかけたくなる俳優だ。窪田正孝も良かったが、彼も後半から存在感が薄くなる。彼女とともに裏方にまわったからであろう。「春に散る」の演技も素晴らしいものがあったが、今作の方が格段に難しい役だと感じる。それだけ彼に対する要求や期待が高く、またそれを難なくやってのける俳優なのであろう。面白い男だ。と、このように俳優陣の長所を引き出してうまく演じさせていた。惜しむらくは、もう少し画面に強度がほしいところ。これが好き!という絵がなかった。