アー君

ジャン=リュック・ゴダール 反逆の映画作家(シネアスト)のアー君のレビュー・感想・評価

3.4
ヌーヴェル・ヴァーグ(新しい波)とゴダールがイコールで結びつくほどの仏映画界の第一人者である。すべての作品を知りつくすほどのマニアという訳ではなく、「気狂いピエロ」「勝手にしやがれ」等の有名どころぐらいではあるが、機会があればさほど有名ではない作品も見ているという感じである。

 「見つかった、何が、
    永遠が海と溶け合う太陽が。」

ランボオの詩を大胆に引用する場面は有名だが、ダダやシュールレアリスムの絵画技法であるパピエ・コレ (papier collé)からのヒントだとしても、当時の仏映画界は衝撃であったようだ。

今回の関係者を軸としたドキュメンタリー映画で彼の人柄が浮き上がって理解できたかと言えば、作品のようにどこか周辺も煙に巻いている印象はみられた。

クールで気難しい、シャイ、優しいとか人によってイメージというのはゴダールでなくても、人間関係において本人の性格というのは、誰しもが多面的なペルソナを兼ね備えているので、本質は掴みにくいとは思う。しかしながら1968年のカンヌ映画祭の事件をVTRによるゴダールの抗議を聴いたが、五月革命の政治背景もあるだろうが、意外と義理堅く情熱的な男ではないだろうかと思われる節がある。

だが理由はどうあれ作家が政治的な言動をするのは才能が枯渇したように見られるとは思う。1965年「気狂いピエロ」を発表したが、それ以降の創作活動にそれを越えられるような作品を残したのだろうか。芸術とは飽くまでも間接的な方法論で影響を与えるべきである。(まあカンヌの件は学生運動以外にも権威主義に対する反発だろうけど。)

キャスティングでプロの俳優をあえて使わないやり方は、大島渚は「戦場のメリークリスマス」漫才師ビートたけし、音楽家である坂本龍一の抜擢。「御法度」では新人である松田龍平の起用など、話題性を高める宣伝効果もあるだろうが〝日本のヌーヴェル・ヴァーグ〟と云われる所以である。

幼少期や家族の話もあり、とても興味深い内容ではあったが、中盤以降の2000年初頭から晩年にかけての状況が分からずじまいであったので、なぜ尊厳死という道を選んだのか知りたかったがそこは明言がなかったので、半生だけを追った尻切れトンボのようなドキュメンタリーではあった。

それにしても監督は女優を女房にするのが多い。

[シネマカリテ 10:00〜]
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