近本光司

瞳をとじての近本光司のレビュー・感想・評価

瞳をとじて(2023年製作の映画)
4.5
1947年、パリ郊外に位置するTriste-Le-Roy(哀しき王さま)と名付けられた村。その森のなかの邸宅にひっそりと暮らす余命わずかの伯爵のもとに、ゲシュタポに協力した過去をもつ男が呼びつけられる。上海にいるはずのたったひとりの娘を探し出してほしい。わたしが死ぬ前に彼女から見つめられたい。いま望んでいるのはそのまなざしだけだ、と。その依頼を承諾して、わずかな手がかりとなる一葉の写真を背広の胸ポケットに入れた男は、それを最後に文字どおり消えてしまう……ここまでが冒頭のシークエンス。
 この完璧なまでの美しさを湛えたフィルム撮影のシークエンスから、物語は現代のスペインへと移送される。あまりに幸福な三時間近くの映画体験を終えて、わたしたちもまたエンドロールで「目を閉じる(Cerrar los ojos)」ことになるだろう。『ミツバチのささやき』から五十年の時を超えて紡がれる映画という記憶装置への愛讃歌。あの登場人物のひとりひとりの表情に、カメラの後ろにいるビクトル・エリセの存在に、ひとの人生が持ちうるその巨きさに、わたしたちは深い感動のうちに投げ入れられるにちがいない。
 スクリーンの扉を出ると、若い女の子の二人組が映画館の片隅のポスターの前で歌をうたっていた。わたしはあまりにも感動して、声をかけてビデオを撮らせてもらった。あの帰り道は忘れられない。