蛇らい

瞳をとじての蛇らいのレビュー・感想・評価

瞳をとじて(2023年製作の映画)
3.9
エリセ31年ぶりの長編作品と銘打って公開されただけもあり、映画産業の時間の経過による変遷をひしひしと感じる内容でもあった。

世代的にはビクトル・エリセはまったく掠りもしていないため、どのような作家性を持った監督なのか掌握するのが難しい。しかし、鑑賞後の印象として、『ミツバチのささやき』に通底する思想や、映画に対しての距離感がとても明快に示され、世代の壁を超えて真正面から楽しめた。

俳優の不在は、様々な映像フォーマットが乱立し、疲弊し切った観客をメタ的な表現が面白い。失踪した俳優を追い求めるサスペンスと並行して、主人公の元映画監督が自らの足で、題材について取材し、一本の映画を完成させるまでのドキュメンタリー性をも帯びる。記憶を失った元俳優と、記憶を残すアートフォームである映画との対比も上手く機能させていた。

巨匠と言われたら監督のイメージとはいい意味でのギャップがあったのが劇中のユーモラスなキャラクターだ。かつての映画制作で編集を担っていたミゲルがとても好きだ。「やれやれ、困った奴だぜ」と言わんばかりに主人公に呆れながらも、映画への情熱で共鳴し、歳を重ねても好きなものが繋ぐ信頼関係が羨ましく感じる。

アナ・トレントのカムバックも体温が上がるポイントではあるし、アナの『ミツバチのささやき』を彷彿とさせるイノセントな眼差しは健在で、同作品を経過したアナ自身の感性が演技にも乗っかっているように思う。

終始、映画についての映画で胸を打たれる展開だ。映画監督としてのキャリア終盤にこれほどまでの純粋な映画への愛が示されるのは、映画ファンとしても嬉しかった。何か予期もしない可能性すら感じられるのは、圧倒的な説得力を持った手腕がそうさせるのだろう。
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