ハル

ほつれるのハルのレビュー・感想・評価

ほつれる(2023年製作の映画)
3.8
加藤拓也監督のことは2年前に舞台『友達』で知った。
新進気鋭の舞台監督でその時も心理描写の巧みさにハマってしまい、3回も観劇した唯一の舞台。
長編映画デビュー作の『わたし達はおとな』も
男女の微妙なズレを描ききり、“違和感”の表現方法が秀逸だった。

そして、今回は不倫。
不倫相手が目の前で交通事故に巻き込まれる立ち上がり。しかし、関係性が露呈するのを恐れ、葛藤の末その場から逃げさってしまう綿子(門脇麦)
夫と亡き不倫相手の間で揺れ動く心情を繊細にすくい取った切り口。
様々な思いが浮かんだ。

綿子にとって現夫との結婚生活は安定と引き換えに得た“死”
結婚という契約によって好き嫌いを気にする必要はなくなり、収入的にも自由。
ただ…満たされない、つまらない。
これはたとえば子供がいて、生きがいの方向性が見つかったり、恋愛感情は皆無でも満足できる人はまた違うと思う。
人としての性質の問題。
ワイワイはしゃぐのが好きな人もいれば、一人で過ごすのが好きな人もいるように、結婚生活との相性、適応性の可否。
巷によくある「結婚はそういうものじゃない!」
“不倫=悪”のような杓子定規に断罪する人は別のベクトルで生きているんだろうね。
或いは、満たされない我慢を他人にぶつけることで鬱憤を晴らしているだけの存在。
前者は他人の事を気にしないだろうから、後者がほとんどなはず。

反対に、綿子にとって木村との恋愛は“生”
彼女の表情を見ていると一目瞭然。
好きになってもらうために頑張ったり、気持ちも楽しくなれるし、心や生活にメリハリが出る。
辛い事も当然あるけど、良いことも悪いこともあるのが生きるって事。
だから彼女にとってなんの起伏もない結婚生活はやはり死んでいる状態なんだと思う。
笑顔一つなく、ただ生活のため“そこにいるだけ”
こうしたコントラストをくっきり映し出しているのが、とても印象的な作品。

世間一般からすれば綿子は共感されない。いわば、結婚と不倫のいいとこ取りをしている卑怯な女。
本人もそれをわかっているからこそ、ゆらゆらフワフワ。
揺れに揺れている様が儚げに映る。
とにかく門脇麦が抜群に上手なんだよね。
木村の亡き後、一人で旅館に宿泊するシーンは未亡人としか思えない雰囲気。
頭ではわかっている、ずるくて汚い事を。それでも感情は教科書のように理路整然と整理出来ないものであることをまざまざと見せつけ、きっかけさえあればだれにだって起こりうるよな、と少し怖くもなった。

終わり方もスパッと潔い。
彼女の選択した『道』を微かに匂わせるのみ。
“心のズレ”と人間関係の“ほつれ”を可視化させるのが本当に上手な監督。
心情表現に特化した表現は本当に好みだ。
次回作を心待ちにしたい。
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