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哀れなるものたちのギャスのレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
3.7
とても面白かった。
ラストの彼女の表情を見て、そしてオープニングロールの画面を思い出しつつエンドロールの画面を見比べると、心に豊かな感情が溢れて涙が滲んだ。
日頃ジェンダー的話題について触れていれば、特に新しい知見はないかもしれない。しかし、さまざまなジェンダーポイントを「このように見せるとは…」という原作の設定や展開の素晴らしさと、ひずんだ音や凝った美術そして演者の深さ美しさのコンビネーションで感嘆させられた。(バービーと全く違うようでとても似ている)
これは"見るべき人"に届くのではないだろうか。

(注意:前知識なしで見て欲しいが、性描写はとても多いという事だけ)

ネタバレ
最初の単純な刺繍模様のある白い布地のオープニング、そしてエンドロールの背景の複雑で多様でカラフルな世界は、そのまま彼女の成長であり彼女が見える世界。空っぽだった彼女が、いまやどれほど豊かな感情や知識や経験、そして夢に満ちているのかということがラストの表情に読み取れて、グッときた。そして、このまま彼女が加害されずに生きていけますように、と祈った。それはこの世の女性全てへの祈りでもある。
(ちなみにクリトリスを含む女性性器切除FGMは今でもアフリカや中東で行われている事実。性行為に女性が快楽を感じることを悪とする考えが、いったい誰の何のためなのかを考えると反吐が出そうだ)

大人の身体に赤ん坊の脳つまり、「女性の本当の気持ちや欲望を、社会規範という枠を取っ払って表現させる」という設定がまず面白かった。さらにベラがその実験的で分析的マインドを"父なる"ゴッド(父であり神.創造主)から解剖室で遊んでいたりして受け継いだのだろうところも興味深い。身体的好奇心そして知的好奇心を満足させるために、世界を解剖する冒険の旅にでるのは不可避だったのだ。性行為の間も彼女は探求し分析しているのが、彼女の表情が必ずアップされることからもわかる。貧民階層を見た時の感情の爆発と単純な解決法の発想、そこからも加速的に世界を学んでゆき成長してゆく彼女の段階は歩き方にも表れていた。

あと、ゴッドについて。彼が彼の父親にとって純粋に実験的存在であったことを、感情を切り離し自分も更なる実験的マインドで生きることで、「虐待ではないのだ」とどうにか自分を成立させてきた彼の寂しい人生の切なさや歪み、、こちらも切なくなった。父に切られる時は慈愛があったのだと。「切る時は慈愛(compassion)を持って」という父のアドバイスに、実験手術の跡だらけの息子は救われていたのだと思う。馬鹿らしいことだが。

それに引き換え、婚約者のマックスのピュアな瞳よ。同意と愛を重んじ相手を尊重するそのシンプルさの美よ。
ダンカンの「有害な男らしさ」を煮詰めたような役柄は胸糞だが、マークラファロがあまりにノリにノっていて彼の新しい側面を見たような楽しささえあった。
そしてラスボスのように現れた元夫の超絶な邪悪さ。ヤギが現れたタイミングのおかしさ。

ラストを経てpoor things 哀れなるものたちとは誰のことかを考えると、社会的パワーもなく身を売ったり橋から身を投げるしかない女性たちのようでもあり、有害な男性らしさに自ら縛られ支配や独占に無駄に苦悩する哀しき男たちだとも言える。

最後の庭園の場面の平和な風景は小さいが完璧な世界のようだった。



ちなみに、「見るべき人に届くのではないか?」と最初に書いたのは、この映画のセクシャルな側面が"ホイホイ"になって見に来るかもしれない、古い規範に生きる男性(女性)にこそ見て欲しい気持ちからだ。ベラが彼女の人生をつかむ過程を理解し楽しんでもらえますように。
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