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哀れなるものたちのumisodachiのレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
5.0


ヨルゴス・ランティモス監督による最新作。

天才科学者であるゴッドによって、大人の身体と赤ちゃんの脳を与えられたベラは急速に成長していた。ゴッドによってベラの成長記録を任されていたマックスは彼女に恋をしふたりは婚約するものの、性に目覚めたベラは遊び人のダンカンに連れられて国外へと旅に出る……。

この映画を傑作といわずして、他にどの映画を誉めればいいというのか。圧倒的な映画であり、絶対的な人生賛歌。そして、これ以上ないほどに素晴らしいフェミニズム映画だった。

【以下ネタバレあり】

極めて高いポテンシャルを有しているベラは、身体的にも知能的にも急速に成長していく。本来魅力的な容姿をしていることもあり、周囲の男たちを魅了していくベラ。好奇心旺盛な彼女が食欲の次に強烈に惹かれたのがセックスだった。屋敷の中に半ば監禁された状態で周囲には保護者しかおらず、肉体的には成熟している以上それは当然の帰結だといえるかもしれない。

突然現れたダンカンという男によって、ベラは屋敷を離れて世界を見聞することになる。リスボン、船上、パリと章が分けられながら、彼女が経験することや出会う人々などが寓話的に綴られていく。

肩を目立たせたエレガントな衣裳、SFのような絵本のような不思議な街のデザイン(例えば、リスボンのトラムは地上ではなく空中を走っているし、ギリシャはエッシャーやブリューゲルの絵のような絵画的な様相を呈している)。ベラは徐々に増えていく語彙を使って、そのときどきの素直な疑問を次々に投げかけていく。その過程で社会的な通念というものがあることを知り、世の中には冒険だけでなく智によって得られる真理があると知り、圧倒的な格差というものが存在することを知る。そして、監禁同然の状態にいたベラがいろいろな意味での自由を模索し、必死で獲得していく物語が続いていく。

性欲から知識欲へとベラの関心が移行し、やがてそれが社会の仕組みへの関心(とショック)へと繋がっていく船上の章を見ながら、「なんてすごい映画を撮るんだろう」と身震いする気分だった。船上で出会ったマーサは肉体的な快楽からスタートしたベラの興味関心を柔らかく受け止め、彼女に本を与える。嫉妬と支配欲に狂い始めたダンカンが「本なんて読むとベラの可愛らしい(つまりは無知だとわかる)しゃべり方が失われる」と嘆き、ベラが手にする本を船の外に投げ捨てたとき、マーサがベラにすっと次の本を渡すシーンで泣いてしまった。知識を得ることは誰にも奪われてはいけない、という力強いメッセージとシスターフッド。気高くかっこいいマーサ、大好き。

もちろん知識を得ることは喜びばかりではない。マーサはベラに知識が与える喜びと社会を変えうるパワーを教え、マーサと共にいるハリーはギリシャでベラに知識ではどうにもならないかもしれない過酷すぎる現実を教えて大きなショックを与える。ベラは、自分が持ち得る力の限界を感じ、それでもそこを越えて世界を良くしたいという強い想いに駆られ、ダンカンと決定的に決別することを決めるのだ。

なんとシンプルでパワフルな寓話なのか。「Who is you?」と問いかけていた少女はいつしか哲学を語り、思想を語り、自らの足で生きていく。パリでの一連の選択は決してハッピーだとは言えないが、彼女はそこでも人間というものの性質、連帯、成長、そしていかんともしがたい現実を学んでいく。そう、本作を突き動かしている動力は「学び」なのだ。

なによりも感銘を受けたのは、ベラは最初から自分の直観を信じていたことだ。マックスに「あなたと結婚することがRightな気がする」と言いながらも正直にダンカンと旅に出たいと打ち明け、正々堂々と自分の選択を肯定していくベラ。圧倒的な自己肯定の元に生きているベラは眩しく、どこまでも美しい。

ベラがどこまでも追い求める自由が脅かされたとき、ベラは反撃する。ベラに深くかかわった男性たちは必ず一度は彼女の自由を奪おうとした。ゴッドは彼女を監禁していたし、マックスは彼女の旅に反対した。しかし、彼らはベラの自由意志を尊重することを選んだのでベラに最後まで愛された。反対に、ダンカンのようにベラの自由を奪うことに固執した男性たちのことをベラは徹底的に無視した。彼らと対峙しているときに自分の中に湧き上がる憎しみに耐えられなかったからだ。ベラが最初から最後まで重視したのは自分にとって「良いこと」であるかどうかだったから。

自由意志を尊重すること、人間は変わることができること、世界を良くしたいと願うこと。本作が掲げているこの3つのテーマはあまりに輝かしく、重厚で美しいラストテーマとも相まって涙が止まらなくなってしまった。

最後のオチに見られるように、ランティモス監督らしい悪趣味も健在で、『女王陛下のお気に入り』と同じようなトンチキなダンスシーンも楽しかった。性器も丸出しならばゲロも丸見えな露骨な映像とヨーロッパ絵画の融合といった世界観は、ギリアムの『バロン』のようでもあった。各章で交わされる会話も極めて哲学的で印象的。特にマックスや各所の女性たちとの会話はどれも心に残る普遍性を持っていた。また、虐待被害者として育ったゴッドに与えられた愛を返すことによって彼を解放するという流れも感動的だった。(なお、その愛は、ゴッドが変化してベラの意志を尊重するという選択をしたことによって完成したものだ)

私は、私の意志で自由に生きていく。そのためには変化をも死をも恐れない。でもそれは利己的なものではなく、あくまでも世界を良くするためのものであるべきだ……人生賛歌としてこれほどまでに正しいことってあるだろうか?こんな映画を作ってくれて、ありがとう。生涯ベストです。

ところで、生理やベラとなってからの妊娠が描かれなかったのは、手術時に子宮も失ってたってことなの?




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