寝木裕和

哀れなるものたちの寝木裕和のレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
-
話題の作品を一般公開初日に観にいくということを久しぶりにやってみた。

なるほど、確かに今までこんな形で「男性優位社会」や「家父長制」などについて突き詰めて描いている作品はなかったであろう。

冒頭から繰り返し映し出される性行為や自慰行為のシーンの数々に、観ていて不快感を示す人もいるかもしれない。

しかしそういうある意味ラディカルな描き方をすることによって、観ている側は自分自身がいかに現在に至るまで「古くから常態化して凝り固まった封建的思考」に囚われていたのかに気づく… という、鏡を突きつけられたような感覚に陥る。

そしてその衝撃的な描写の中に、メタファー的に自分たちの日常にも存在している、例えば男尊女卑的な考えをも曝け出す。

作中、娼館で働き始めた主人公・ベラは、館の主にこう質問する。
「なぜ男側からだけでなく、女側からもセックスする相手を選べないの?」と。
たとえ娼婦になったことがない者でも、このことから生じる無理解〜軋轢を感じたことのある人は少なからずいると思う。

そんな具合で、ダークファンタジーという表向きの顔を見せながら、実は現実社会で観ている者の側に存在している不条理を終始 顕にするという手法が見事だ。

ただ、近年たびたび目にする所謂フェミニズム的作品としてだけでは終わらせないところがヨルゴス・ランディモス監督の凄いところで。

最後、一見ハッピーエンドのような形で物語は締めくくられる。

しかし、支配的な考えを変えない、元夫の、脳みそをヤギと入れ替えたということになっていて、つまりそれはベラが批判した、自分の産みの父親のマッドサイエンティストと同じことをしたということであり…。
「これが正義なんだ」と、振りかざして自分の権利を奪取したものも、権力側になって同じことをする可能性もあるという…
ある意味、人類が歴史的にずっと続けてしまってる負の因習も描いてるのだ。
改めて考え直すと恐ろしい、この監督の、人間の深層的な残酷性の描き方… 。

しばらくはこの作品を反芻しながら、考えこむ毎日になりそう。
寝木裕和

寝木裕和