Automne

哀れなるものたちのAutomneのネタバレレビュー・内容・結末

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

ヨルゴス・ランティモス版『バービー』って感じ。
絵づくりゴリゴリで音響も世界最高水準。監督の作風であるグロさやえぐみも残しながらも、男性性と女性性のメタファーにあふれている。
ある程度馬鹿な状態にされた女を閉じ込めたり支配したりする男たちと、そこからの脱却の物語であり、知識や教養を身につけて外の世界を知ることでそこから自由になるストーリー。

支配していた男らが、女が強くなると急になよなよしくなるリアルや、去勢済みの博士とクリトリス切ろうとする軍人男など。
男性ホルモン強めの器官を切除することによって人間は中性的に近づいてゆくが、そこの肉体のところについて触れていて良かった。男らしい女や女らしい男というのは基本的にそこのホルモンバランスの話であって、感情や精神ではなく肉体の話でしかないと思っている。

表向きはそうではあるのだが、サイコパス的な論理感覚で登場人物たちが判断して進んでゆく(感情があるのは医者見習いの男だけだった)ので、ところどころ感覚的には理解できないことが多かった。上記の肉体面からできてくる性別は触れただけでリアルに投影されてはいない。
脳を交換しただけで肉体はすべて忘れるだろうか?心臓移植してから急にピアノを上手く弾けるようになった人とかの話は?
娼婦として生きるとしたら好きでもない男と肉体を重ねることで何か心に感じないのか?
「お金のためだしいいっすよ別に」って人も中にはいるかもしれないけれど、それは少数派だと思う。そんな人間が増えたら全世界が日本みたいにポルノ風俗hentai国家になってると思う。男に相対せざるをいけない状況や、経済的環境的に"強いられて"しまったことーーそれらの苦しみが近現代になって噴出してきたからフェミニズムが勃興したんじゃないの?

人間は脳だけで生きているわけではなくて、何かを見たり聞いたり触ったり感じたりして学んでいくはず。でもこの物語に出てくる人物たちはみな、ところどころ頭でっかちの机上の空論を地で行動としてやってしまう人々ばかりで、物語が進むとIQ的な頭の良さは上がるがEQ的な人間らしい部分は低いまま。その意味では血は通っていないし、感性の欠片もないし、芸術を見ても何も感動しないだろうし、人間に対して"愛がない"。ゆえに人間を描くドラマというところからは破綻している。性差がほぼないIQをものすごく高くした人物造形をつくり男を圧倒できる、みたいなポーズを示したとて、男は低く女のほうが高い(強み)と言われるEQを描かなければ、それはひと昔前の女性解放運動がただ"男の模倣"をしていただけだったという反省の域から進歩していないように感じる。(ただし知的障害の女性を描いていると考えると世界観としては成立しているし上手い)

さらに言うとバービーよりもこちらのほうが恣意的な"💐華を持たせる"という意思を感じた。言うなれば男が扉開けて女をエスコートする、レディファーストというやつです。個人的にはフェミニズム風を出しておいて華を持たせるくらい狡猾な製作陣が1番厄介。
可愛い子には旅をさせろとよく言いますが、本作ではその意味では旅ができていない。なぜならこの物語には挫折もないし、苦悩も葛藤もなければ抒情的なエモさもない。
男根的で作風とカットと音響でゴリ押し、ラストもかっこよかったけど、そこだけハッピーエンド風にしてエンパワーメントの表皮を被らせている。
でもよくよく考えてみてください。彼女は手術で生まれた時からお金には困ったことはないし、無一文になっても博士からもらったお金があるし、恐喝殺人戦争病気レイプ等人間世界のドス黒い部分には都合良く遭遇せず(当事者になることなく)自由きままに富裕層として旅を続けるし、パートナー探しに苦労せずともホイホイ男はとっかえひっかえするし、かといって結婚にも悩みたくないからずっと待っていてずっと愛してくれていてずっと文句も言わずずっと好きでいてくれる超絶都合の良いひとがいて、でも浮気はしたいから浮気はめちゃくちゃするし、ファッション夜職でお金的な部分だけいいとこ取りするし、欲望に忠実なのにお金のためならその欲望すら拡大解釈して許せちゃうし(ここが1番引っかかる。本などを読むくらいに教養あれば金のために身体を売ることが自分の本当の欲望でないことくらい分かるはず。でも頭良いのにそこの核の部分だけは都合よく"分からない")、それでいてちょっとイケてる女の子と寝たりとかレズ味も出したいし、復讐もしときたいし、でも怪我したくないし涙を流したくないし、自分さえ良ければ誰を傷つけても構わないし。サイコパスです。人間から"愛"と"痛み"を取った存在であるのでまさしくモンスター。
でも"作られた"乙女の箱庭的欲張りセットと考えたらこれが好きな人間ももちろんいると思う。私はこの"作られた"匂いが強すぎてだめだった。

けれどもやっぱりヨルゴスランティモスなのでそういう「虚無で人間味がなく無機質な」作風なのだなと割り切ってみるのであれば、この世界観のカルト味と絵づくりとカットと音楽のセンスとして映画作品としてはありなのではないでしょうか。

全体的にそのあたりの割り切り感が男っぽい論理感覚(テスタステロン味がつおい)で進んでいるので、どうにも響かない。テネットみたときみたいな。めっちゃ技巧あるし上手いけどなんかが足りんみたいな。まあでもテンポ感と絵の力強さで2時間半それを見せてしまう力量には脱帽です。なので評価が難しいー完ー
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