皿鉢小鉢てんりしんり

哀れなるものたちの皿鉢小鉢てんりしんりのレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
3.6
今まで見たランティモスの中では1番良い。美術に凝ることで映画としての価値が宿る、ということを信じていてその態度は申し分なく肯定する。ロンドンに戻ってくるまでぐらいなら、多少かったるいが割と好きな方の映画に入ると思った。
特に序盤が素晴らしく、ドクターモローもかくやの面白生体実験で作られたマーズアタックな首挿げ替え動物たちと共に、奇怪なロクスソルス的邸宅で暮らす知的障害じみたエマストーン、の描写は見れば見るほど表現の豊かさに富んでおり大変面白い。鶏豚の不自然なバランスが素晴らしく、翔べない豚だからってただの豚だと思うなよ、という気概に溢れていた。
ウィレム・デフォーがまた、こういう悲哀に満ちた怪演がすこぶる上手くハマっている。
その後マーク・ラファロと冒険していく様子も、90年代スクウェアのJRPGのような(つまりマーケティングよりも未知の世界への冒険を遥かに信じていた頃のテレビゲームのような)ワクワク感に溢れていて、スチームパンクじみた独特の美術は、これは世界を初めて知るエマストーンの感覚によった表現なんだな、ということが直感的に伝わってくる。その割には空間を用いた映像表現よりは会話劇に寄った見せ方になってしまうのが“文芸映画”の限界という感じがしたが……
特にエマ・ストーンが奇怪な前衛タップダンスを始めてマーク・ラファロがなんとか社交ダンスっぽくまとめようと相手をしながら戦いのようになるシーンはほんとに見事で、これだけ露骨な性描写をやっておきながら、ヘイズコード時代の超古典的な“ダンスをセックスのメタファーとして描写する”手法が最もよく2人のセックスの本質を捉えて映画的に表現できている、というのがなんとも皮肉めいている。
ただレストランで赤ん坊ぶん殴るシーンはやっぱり本当にぶん殴って欲しかった。こういう描写は有言実行こそカタルシスなのだが……
ババアを海に投げるぞ!、も未遂に終わるがあれはまあハンナ・シグラの圧倒的な存在感、という別のカタルシスにつながっているのでまあ許容できる。
問題は終盤で、エマ・ストーンがまともに会話できるレベルに成長してからがあまり力のある描写がない。こんなの冒険の終わり=青春の終わり感、で喪服みたいななりでデフォーを看取ってさっさと終わりでいいと思うのだが、そっから妙にダラダラ長く、特に元夫が出てきてのくだりがつまらない。オチも序盤、中盤のアレコレと比べると羊人間にしました、だけじゃかなり弱い。石井輝男の『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』とかちゃんと見てる?そういうとこだぞランティモス。