アオヤギケンジ

哀れなるものたちのアオヤギケンジのレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
4.4
ベラが世界を旅する映画。超長文です。
自ら命を絶とうとしたベラは、マッドサイエンティストのゴッドにより、身ごもっていた胎児の脳を移植され、奇跡的に蘇生する。胎児の脳を持ちながら身体は大人であるベラは様々なことを経験しながら、世界を知っていく。
この映画のあらすじを端的に説明するならば、こんな感じだ。
ベラはとにかく好奇心旺盛で、実験体として閉ざされた環境の中で育てようとしていたゴッドも、ついにはベラが外に出ていくのを容認せざるを得なくなる。ゴッドが勝手に婚約を成立させたマックスもベラを留め置くことはできず、弁護士のダンカンと駆け落ちしてしまう。
ここでベラは初めて世界を見る。ベラはマスターベーションの覚えたてだったこともあって、ダンカンとの熱烈ジャンプ=セックスにのめり込む。世界は楽しい。気が向いたら熱烈ジャンプで気持ち良くなれるし、初めての外の世界となるリスボンは美しいし、エッグタルトはおいしい。ベラは非常に欲望に忠実で、まずいものはその場で吐き出してしまうし、ダンカン以外の男とも熱烈ジャンプ手前のことまでしてしまう。好奇心旺盛で、かつ欲望に忠実なベラは、ダンカンにしてみたらたまったものではない。なぜならダンカンはベラを扱いやすい女性だと思っていたのだし、ちょっと遊んで別れようと思っていたのに、奔放なベラにいつの間にか惹かれてしまっている。つまりダンカンはベラに恋をしてしまったのだ。そしてダンカンは世の中のあらゆる女性にとって自分は魅力的で、何でも言うことを聞くと思っている節がある。だから自分はベラに恋したというのに、ベラの方はダンカンに対してそういう気持ちを持っていなさそうなのが許せない。ベラはダンカンが思い描いてきた女性像と違った。自分のものだと思っていたベラは勝手にどこかに行ってしまうし、勝手に他の男と熱烈ジャンプする。
ダンカンは嫉妬からよりベラを束縛しようとするが、子育て同様、それはむしろ逆効果で、ベラはありとあらゆる知識をどんどん吸収していく。これはまだ物語の前半だが、ベラのこの、知に対する探究心は最後まで一貫している。ベラは世界をできるだけ前向きなものに、希望の溢れた世界になって欲しいと願っているが、ベラにとってその世界を実現するための絶対的な手段は好奇心を持って物事を探求することなのである。おそらくゴッドから引き継いだこの思想はベラのアイデンティティと言っても良く、ベラにとって知ることとはつまり正義なのだ。もちろん知るためには様々な危険が待っていることもある。しかしベラにとって知らないでいる選択肢はそもそもなく、知った上で自分が悲惨な目に遭おうと、それらすべてのことは受け入れる覚悟を持っているのである。そして実際危険な目に遭う。彼女が深刻な事態に最終的に陥らなかったのは単純に運が良かっただけで、一歩間違えれば死んでもおかしくないような状況は、描かれていないだけで、おそらく何度もあった。
だがもしベラが深刻な状況に陥ってしまったとしたら、彼女は好奇心に突き動かされて行動してしまうことはなくなっただろうかと考えると、そうなったとは考えにくい。ベラが本を手放し、日がな一日ぼーっとして過ごすことなどイメージできないのだ。おそらくベラは死にそうな目に遭っても、好奇心を持ち続けるだろう。見聞を広め、知識を吸収し続けることを止めないだろう。なぜなら知識を武器に世に対峙し、よりよい世界を構築するための、それは彼女なりの革命だからだ。そしてこの革命は止められない。そもそもこの小さな革命はベラだけでなく、世界中のいたるところで女性が先頭となって起こしている革命だし、いくら男が女性に知識を与えまいとしようとしても、それは無駄な努力だ。人の好奇心と言うものは簡単に潰せるものではないし、ベラの世界でも、本は割と簡単に手に入っていたように思う。もし本が手に入らなくても、人とお喋りすればいいのだ。
そうやって彼女たちは男が作り上げた世界で、それでも何とか住み心地の良い世界に作り替えようと研鑽を積む。それはベラに象徴されるような、所有物として扱われてきた女性たちがいっぱい居て、彼女たち自身がそれでもモノではなく、人間であろうとするためだ。ベラは本を読んで人間になる。ベラは自分の意志で熱烈ジャンプして人間になる。ベラは自分の身体で金を稼いで人間になる。監禁しようとしてきたり、不必要な手術をしようとしてきたり、束縛してきたりしてどこまでも女性をモノとして扱おうとする男たちにベラは反旗を翻す。そして反旗を翻すベラの姿は、自分だけでなく、世界中のありとあらゆるところにいるモノ扱いされてきた人間へのエールでもある。我々は人間だし、あなたがたが用意した世界より、こっちの世界の方が十分に美しいし楽しいのだと、この映画は高らかに宣言する。