ささきたかひろ

哀れなるものたちのささきたかひろのレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
3.6
上映終了後、席に傘を忘れた。
ランチに寄ったファストフード店では注文端末からプリントアウトされた伝票が白紙だった。(店員いわく「ありえない」らしい)極めつけは「映画を観た後に」と妻にお遣いを頼まれたが目当てのものが売り切れで3店舗巡ったが手に入らなかった。

余韻と言うには居心地の悪い出来事の連続で未だ映画の世界が続いている様にも思えて空恐ろしくなっても来たが、頭の片隅はどこか醒めているという感覚もあり、この現実感と超現実の感覚の絶妙なカクテルは紛れもなくこれまでのヨルゴス監督の作風そのものでもある。

キューブリックの正統的な後継者たる「1点透視図法」や短絡的に勃起させてはくれない「エロティシズム描写(内容を知らずに観に来たカップル達の行く末を心配せざるを得ないほど)」痛点をこれでもかと刺激する「自傷シーン」、唐突な「ダンスシーン」、「フリークス」など愛好家にはたまらない「ヨルゴス印」も散りばめられ安定度は高い。どころか冒頭からのモノクロパートはかのデヴィッド・リンチの出世作「エレファント・マン」をすら想起させ、ついにリンチの後継にまで名乗りを上げたか!と色めき立ったものだ。

されど、この消化不良な?それほど欲していない最高級料理を無理やりに近く食べさせられているような、それこそダンカンの振る舞う高級料理に興味を示さないベラのごとき「贅沢なわがまま」ともいえる気持ちはなんだろう。この気持ちはおそらく陳腐な例えだが小さなライブハウスで偶然見つけたバンドがあれよあれよとメジャーになり遠い存在になってしまったような寂しさに近いのだろう。

私はヨルゴス監督がシーンに現れた時から認知している訳でもなく2018年頃に「聖なる鹿殺し」をたまたま観てからのファンではあるが「聖なる~」をもってヨルゴス第一期は幕を下ろしたと考えるのが妥当だと考えている。

R18+というレーティングにも関わらずこれだけのビッグバジェットで都市ひとつ分に相当するセットを作りディレクションできる監督は現代において数えるくらいしかいないであろうし、その姿勢はとても挑戦的であるとも思う。

「籠の中の乙女」というワンシチュエーションでの軟禁劇から始まったヨルゴス・ランティモスのフィルモグラフィは本作のベラのごとく恐るべきスピードで進化している。

最新型のヨルゴス・ランティモスに必死でしがみついた2時間20分だった。
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