近本光司

The Breaking Ice(英題)の近本光司のレビュー・感想・評価

The Breaking Ice(英題)(2023年製作の映画)
2.0
このなかに孤独を感じて鬱々としている人がいたとしたら、きみはひとりではないと伝えたいと、アンソニー・チェンは上映前の舞台挨拶で語った。いましがた映画を見終わったわたしは、この映画のいったいどこに孤独が描かれていただろうかとひとり思い返している。孤独もどきの偽装が都合よく散りばめられていただけじゃないか。
 北朝鮮との国境にほど近い吉林省の延吉という町の冬。その地理もあって、土地のあちこちに朝鮮文化は遍在しているにもかかわらず、コンクリートの壁が設られた向う側には足を踏み入れることは許されない。『イロイロ』や『熱帯雨』で、シンガポールの多民族社会を描き続けてきた監督は、中国に赴いても中韓文化の交差点に興味があるようである。中韓のカップルの結婚式に招かれた上海で金融業に携わる朴訥とした男。フィギアスケートのキャリアを諦め、見知らぬ街で観光ガイドを務める女。延吉から一度も外に踏み出したことのない男は、韓国語も中国語のいずれをも流暢に話す。この三人の若者たちの色恋ともつかない青春譚は、『きみの鳥はうたえる』のプロットにそっくりで、おそらく監督は三宅唱も観ているにちがいない。函館の夏から中国の冬に舞台を移し替えただけで、彼が立ち上げようとした情感はほとんど三宅の(佐藤泰志の?)盗作ではないかと疑ってしまうほどである。というか、まあそれ以前に『突然炎のごとく』か。
 しかし前二作ではあまり感じていなかったが、ここまでショットが撮れない、役者が動かせない監督だとは思っていなかった。冒頭のバス車内のカット割りを見て厭な予感があったのだが、その不安は的中。ショットのなかの役者の動かし方も、カメラが回る前に監督が演出をつけている様子が浮かぶわざとらしさで辟易。
 本作は中国映画なので、当然ながら冒頭に当局による検閲を経た龍の前付けがある。どうやらオスカーの中国代表にも選出されたようである。シンガポールの華僑が撮った作品が共産党によって顕彰されている事実が少し不気味だ。この日の先行上映にもパリに住む中国語話者たちが大勢詰めかけていた。
 唯一よかったのは、澄みきった存在感をはなっていた周冬雨。どこかで見たことがと思っていたら『少年の君』の女の子ね。あの映画も周冬雨だけがいい映画と記憶されている。