カタパルトスープレックス

普通の人びと:彼らを駆り立てる狂気のカタパルトスープレックスのレビュー・感想・評価

3.5
クリストファー・R・ブラウニング著のノンフィクション『普通の人びと─ホロコーストと第101警察予備大隊』を映像化した作品です。テーマは「普通の人は殺戮ができる」です。

本作が検証しているのは隠れたホロコーストとされるポーランドなどのドイツ占領地で起きた警察予備隊によるユダヤ人や反乱分子を中心とした民間人の虐殺です。戦争中とはいえ民間人を殺害するのは今も昔も戦争犯罪です。警察予備隊の隊員たちは命令に背くことができたし、実際に一部の隊員たちは命令に従わなかった。命令に従わなくても特に懲罰はなかった。「じゃあ、なぜ?」を紐といていきます。

結論は「普通の人は条件がそろえば殺戮ができる」です。怪物は誰の中にも眠っている。ドイツ人が特別残虐なわけではない。日本でも森達也監督『福田村事件』で描かれているように普通の人たちが普通の人たちを虐殺している。ルワンダでも虐殺は起きた。

ちなみにのちに出版されたダニエル J.ゴールドハーゲン著『普通のドイツ人とホロコースト―ヒトラーの自発的死刑執行人たち』は「虐殺はドイツ人だから起きた」という立場をとる本で、ブラウニング・ゴールドハーゲン論争が起きたそうです。こういうのも健全な議論だと思います。日本人の一部の右翼は「日本人は虐殺なんてしていない」と事件そのものを否定するトンデモ議論をしてしまいますから。

日本人が起こした虐殺もこのように冷静に検証されることを切に望みます。

なお、本作の登場人物の一人であるベンジャミン・フェレンツさんは本作ではすでに100歳。27歳でニュルンベルク裁判の主任検事の1人で本作の虐殺事件の責任追及を担当しました。ニュルンベルク裁判の後も戦時中に多くのユダヤ人を強制労働して死に至らしめたドイツ企業を25年に渡り追及するなど戦争犯罪と戦ってきました。本作の収録3年後に103歳でお亡くなりになったとのこと。日本にも彼のように日本の戦争犯罪を追及できる人が司法にいたら、今の日本も随分変わっていたのではないかなあ。