くまちゃん

BAD LANDS バッド・ランズのくまちゃんのネタバレレビュー・内容・結末

BAD LANDS バッド・ランズ(2023年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

特殊詐欺を題材にした黒川博行による大阪ノワール「勁草」。監督したのは近年毎年のように新作を発表し続けている原田眞人。

原田眞人と言えば「関ヶ原」以降毎作品にジャニーズを起用している。「検察側の罪人」「燃えよ剣」「ヘルドッグス」。アイドルらしからぬダーティな側面を引き出すのがうまいのか、個人のポテンシャルを見抜くのがうまいのか。2時間を超えるものも多い原田監督作の中でその鬼気迫る演技に圧倒され作中に引きずり込まれることも少なくない。
今作では無邪気さと無鉄砲さを併せ持つジョーを山田涼介が演じている。「燃えよ剣」で見せたものとも異なる「危険な愛らしさ」が滲み出る。賭博で大金を蕩かした際の焦燥と絶望に駆られた虚無的な表情はキラキラしたアイドル映画では見ることができない。

今作は久方ぶりの岡田准一じゃない原田眞人。と、思いきや中盤見慣れた顔が。まさかの友情出演。原田眞人の寵愛を受ける岡田准一。

「怪物」から始まり話題作に立て続けに出演し、主演ドラマも好評だった安藤サクラは無双状態に突入している。母として妻として女性として人間としてその機微を絶妙な塩梅で表現してきた。時には誇張し時には生々しくその肢体に纏う色彩は「安藤サクラ」とは別の誰か。
今作で演じたネリは貧困や性暴力の中で藻掻き、脱却を試みた先でもやはり暴力の対象とされた。達観した虚ろな双眸から発せられる色気はその果てし無い闇が源泉となっているのだろう。

元締めの高城が愛飲している酒はスピリタス。度数96%という世界最高純度のウォッカである。第4類危険物に該当し、灯油などと同列に扱われる。
日本では「名探偵コナン」にて、黒の組織の重鎮ピスコに追い詰められたコナンと灰原の逃走を補助したアイテムとしても知られている。
揮発性が高く火気には十分配慮する必要がある。高城はタバコを持ちながら、ストーブが焚いてあるにも関わらずスピリタスをストレートで煽る。
それを注意するネリ。
この場面は高城とネリの性格の差をわかりやすく表している。ネリは過去の出来事と実業家である胡屋から身を潜めている。それを自分がいる間は大丈夫だと豪語する高城。これは政界や警察内部にまで広げた人脈と裏社会で成り上がった自身の経験からくる絶対的な自信がそう言わせているのだろう。しかし火気が側にあるにも関わらずスピリタスを開ける当たり、注意力には欠ける印象を受ける。それは自信ではなく過信だったのではないか。だからこそ自身の娘に刺されるような失態を犯すのだ。それが彼の詰めの甘さである。
一方でネリの方はスピリタスを開けた高城からストーブを移動し火気を遠ざけるよう気遣う。冒頭の特殊詐欺における現場のコントロール能力に関しても片耳が聞こえないながら細部の情報を精査しリスクがある場合は即座に計画を中止させる臆病なほどの慎重さ。これは彼女の過去や身を潜めなければならない危機感からくるものと思われる。いくら罪を重ねても裏稼業に慣れてきても決して驕らず侮らず細心の注意を払う繊細で敏感な性格がスピリタスを通して表現されている。

ジョーは犯罪を平気で犯し自信を制御できない節がある。金が得られれば何を盗んでも誰が傷ついても構わない。だがネリは生きるために法を犯すが、この生活からの脱却もまた望んでいる。合法的な仕事で報酬を得られればそれに越したことはない。胡屋の秘書に就いたのもそんな思いがあったのかも知れない。

林田から殺しの依頼を受けるジョー。初めて手にする拳銃に浮足立つ。少し自分が強くなったような気がする。だがいざ突入すると引き金を中々引くことができない。仲間は1人殺された。目の前に迫るアロハシャツの男はギラつく眼光でこちらを見据えている。岡田准一演じる何者でもないその男はヤバいことだけは直感的に認識できる。結果殺しは失敗に終わる。その足でジョーは高城を襲撃するが、銃を構えるその手はやはり震えている。高城は死んだ。だが殺したのは弟ジョーを守ろうとする姉だった。
クライマックスでジョーは1人胡屋を射殺する。胡屋は秘書時代にネリをサディズムの餌食とし片耳の聴力を奪った張本人である。また、姿をくらましたネリを財力に物を言わせ捜索していた。胡屋がいる限りネリは太陽の下を闊歩することができない。尊敬する姉のため、愛する女性のため、弟であり男である矢代丈は胡屋とその取り巻きに向けて引き金を引く。脱力しきったその構えに以前のような震えは見られない。ジョーはネリを救うために覚悟を決めたのだ。命を捨てるという不器用過ぎる愛情表現。
ジョーの背中越しに血が飛び散る構図は彼の大人びた広い背中に巨大な業がのしかかっているように見えてならない。

ネリとジョーのバディ感や、ジョーの悲劇的なラストは同監督の前作「ヘルドッグス」に近い。流れるように繰り出される関西弁は観客に聞こえるようには撮っていない。その溢れるセンテンスには大阪らしい機知に富んだユーモアが織り交ぜられておりついつい聞き耳を立ててしまう。
原田眞人の作品は度々キャスティングも注目を集める。今作では林田を演じた演出家のサリngROCKが映画デビューとは思えない異様な存在感を放っている。「検察側の罪人」での酒向芳も然り、アンテナの受信範囲の広さには感心させられる。

今作はネリのパーソナリティにフォーカスされ、彼女を中心としたヒューマンドラマな側面が強く、アクションやケイパー要素は少ない。そのため一定のリズムで物語が進行し中盤までの退屈さは否めない。
しかし高城の死から徐々に推進力が増していく。ジョーの暴走によって発生したアクシデントを知識と経験をフル動員させながら切り抜けるネリの姿は姉というより母である。それはホテルで一緒に入浴する場面からも伺える。
高城も胡屋も消えた世界。ネリは正真正銘自由の身となった。全力で走る彼女に安寧は訪れるのだろうか。次回作に岡田准一は出演するのだろうか。久しぶりに役所広司はカムバックするのだろうか。
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