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イン・アワ・ディのnetfilmsのレビュー・感想・評価

イン・アワ・ディ(2023年製作の映画)
4.2
 引退を決意した女優(キム・ミンヒ)がソウルの友人宅に一時的に身を寄せることにする。そこを訪れた若い俳優志望の女性は引退を決意した女優からアドバイスが欲しいと言う。一方、重い心臓病を患う詩人の老人男性(キジュボン)はひょんなことから女学生と親しくなり、彼女が撮影するドキュメンタリー映画の被写体となるのだ。そのうち後輩作家も集まり、芸術論を語り出す。『小説家の映画』や『水の中に』よりも今作はかつてのホン・サンスの色を残す。片方の家では年老いた猫が死に、もう片方の家では猫が未だ元気にそこらじゅうを走り回る。ホン・サンス映画に漂う死の気配は引退やスランプなどの負のオーラを纏いながら進んで行く。対比されるのはまだ若々しい者たちの限りない夢や希望で、年老いた孤独者は青春時代を懐かしむかのように彼ら彼女らに訥々と語り掛ける。

 医者に酒と煙草を禁じられていると言いながら、ドキュメンタリー作家がコンビニで買って来たノンアルコール・ビールを嬉々として味わう老人の身体は確実に終盤を迎えているが心はまだ死んでいない。一方で女優の仕事に嫌気が差したはずの女優は、かつての自分のような新進女優の姿に血色を取り戻す。酒を呑む、タバコを吸う、コチュジャン入りの麺(スープ)をすすることが両地点に共通に起こり、酩酊する度に登場人物はどんどん饒舌になって行く。束の間の瞬間と生の渇望、そして酩酊や眠りがその瞬間瞬間に紛れもない生の瞬間が宿る。後半のジャンケンしながら罰ゲームでマッコリを一気呑みする場面のどうしようもない馬鹿馬鹿しさと、クラシック・ギターを裸で抱えソウルの街を闊歩する背中の言いようもないワビサビ。英語字幕上映という制約はあったものの、ホン・サンスの今年3作目の新作映画を観ることが出来た喜びに打ち震える。
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