ゆずっきーに

さよなら ほやマンのゆずっきーにのネタバレレビュー・内容・結末

さよなら ほやマン(2023年製作の映画)
3.9

このレビューはネタバレを含みます

終映日に駆け込みで鑑賞。
震災映画、というよりは取り返せない喪失に折り目をつけてそれぞれに再起する人々を捉えた、所謂喪の作業のプロセスそのものに照射するような映画だった。様々な想像を廻らせて繊細に誠実に作られていて、脚本に一貫して真実味が宿っている。きっとめっちゃめちゃ丁寧にインタビュー収集したんだろうなあと思料します。
最初は見守る側として登場した春子ちゃん、終盤美晴の言葉にブチ切れて杖を振るったのはやっぱり自分の中の諦めを土足で肯定しよう/させようとする外野の無神経さに耐えられなかったのかな。「前向き」「切り替え」といった類の言葉に潜む酷薄さ。良いシーンだった。

喪失の傷から再起するまでにかかる時間は当然人によって大きく異なるわけで。死別、虐待、叶わなかった青春、、対象喪失の形は多部島の皆それぞれなれど、彼らを癒した事物は劇的な解決策やサポートではなく、とどのつまりただ待つことと促すことであった、と。
呆けて動けなくなってしまう時間もまた一興、溶けてしまった脳味噌を抱えて生きる時間の方が案外人生の内には長いのかもしれないな、なんてことを鑑賞後に考えた。「前向きも何も、もとより自分の向いている方向が前だから大丈夫」という尊敬する故人の言葉を個人的に思い出すなど。

黒崎煌代も呉城久美も素晴らしい役者さん。演ずる視線に説得力のある人がやっぱり好きなんだよなあ。2人とも今後も色々な作品で観てみたい。ブギウギ追いかけます。
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