レインウォッチャー

見えざる手のある風景のレインウォッチャーのレビュー・感想・評価

見えざる手のある風景(2023年製作の映画)
3.5
星新一み。
《1stコンタクト》のあと、キモカワ6:4のエイリアンに支配された近未来が舞台のコンパクトな風刺SF。武力よりテックと経済で牛耳られたディストピア設計が現代らしい。

マイルド侵略といえばケロロ軍曹を思い出したりもしたけれど、ケロロの部隊メンバーが全員クルル曹長だったら、もしやこんな地球になってたかも?

上位存在が出現したとき、やがては被支配者層の中でも迎合してポジションを確保する者、上手く波に乗れなかった者…といった色分けが自然淘汰的に生まれて、だんだん《2-6-2の法則》のような比率を保った新たなぬるい秩序へと落ち着いていく。
当然この光景はわたしたちが歴史上で飽きるほど見てきたものであり、結局は同じことの繰り返しだよね、という風刺画になっている。主人公たち家族の人種/家族構成と、そこから生じる摩擦を見れば、最早メタファーと呼ぶまでもないほどの構図に気づくだろう。

そして、経済という基盤が再構築されたら、次は文化(カルチャー)へ…というのもまた常套手段といえる。
主人公の少年は、エイリアンにとってまったくの異文化である自らの《恋愛》を配信番組にして稼ごうとしたり、アートの才能が彼らの目を引いたり…といったことで、何かしらの一矢を報いようとする。

しかし、その先に見せつけられるのは、「皮肉や反骨精神すら伝わらない」ことがある、という絶望的な壁だ。希釈され、曲解され、消費される。この観点は、同じアマプラ配信かつアカデミー賞でも話題になった『アメリカン・フィクション』とごく近い。
現在の世(特にアメリカ)が抱える中でもホットな課題感といえるのかもしれないし、わたしは日本のアニメやゲームの台詞が海外で好き勝手にローカライズされてる問題(※1)を思い出したりもしたな。

画面の派手さも、感情の大きな起伏もあるわけではないものの、生活SFって風情がリアルとの地続きを感じさせて印象は悪くなかった。てゆーか、三平二満?(CV.能登麻美子)

-----

※1:一部の、アクティビスト気取りの翻訳家たちの手によって。