Scarlet

パリ・ブレスト 〜夢をかなえたスイーツ〜のScarletのネタバレレビュー・内容・結末

4.0

このレビューはネタバレを含みます

“生きるために最高峰へ。天才が成功するため能力条件とは?”

“若き天才パティシエの成功の実話”と聞くと、挫折、友情、恋のエピソードなどを想像したが、ヤジッド(リヤド•ベライシュ)の半生は、目標とか夢などという甘い言葉とは無縁のものだ。

選択肢の無い、生きるための戦いの日々だったのだ。

アラブ系移民の上、アル中で生活能力も育児能力も無い、名ばかりの母親の元から逃げ出すことが彼の生きる道。

実の家族の様に温かく接してくれて、寄宿舎からの脱走にまで手を貸してくれた、里親のフォスターファミリーだけが、彼の味方だった。

若くして成功する天才の条件とは何だろう?

①どんな逆境にも屈せず、生きる事を諦めない事。

②頂点を極めるまではどんな努力も惜しまず、精進し続ける事。

③自分を認めてくれた力ある人物の心とお金をしっかり掴む事。
ではないか?

①と②をやり遂げ、長年かけて成功する天才は珍しくないが、③の才能が無ければ、何のコネも資金も無い若者が、短期間で成功するのはほぼ不可能だ。

“仕事はできるが無口な職人肌”では、底辺で育った人間に勝ち目は無い。

ヤジッドの作ったパリ•ブレストを気に入り、直接会って褒めてくれたプシュールとのスポンサー交渉が、成功への大きな鍵だった。

パリのレストランで、皿洗いからパティシエとして雇われたと時も、”フィンガーケーキを作れ”という指示を無視して、勝手にオリジナルのケーキを作った時も、自分の実力を太々しい程にトップにアピールした事で、ヤジッドは上昇していく。

常に”クビになる事”と紙一重の、上へのアピール”する才能が、パティシエの技術的な才能と同じくらい、重要な才能だったのだ。

高級リゾート地の一流ホテルに勤めながらホームレスだったり、スーシェフのイジメでクビになったり、実話とは思えない程の壮絶な生活に、本当に驚いた。

しかしそんな彼の運命にさえ、神は味方していたとしか思えない。

気候の良いコートダジュールだったから、野宿でも凌げたのだ。パリのホテル勤務だったら、一晩で凍死してしまう。

ホテルをクビになりバーテンダーをしていたから、ブシュールと再会し、スポンサーになってもらえたのだから。

本作のクライマックス、2014年のクープ•デュモンド•ドゥ•ラ•パティスリー(パティシエの世界選手権)を、実は私はTVで観ていた。

NHKが毎年、日本代表に選ばれたシェフ達の大会までの1年間を追うドキュメンタリーを制作していて、たまたまその年の番組を視聴したのだ。

日本はトップと僅差で負けて2位だったので、とても良く覚えている。
本作中で、日本の応援団の日の丸や、日本代表の映像がかなり多いのは、日本代表に対するリスペクトの現れだろう。

本番でヤジッドは台本に逆らい、アドリブで、超技巧的な氷細工を製作してしまう。

そしてこの作品の出来こそが、2位日本との差をつけた要因だった。

実話には、どんな優れた物語も勝てない力があるが、一方、実話を映画化するという事は、どんな物語を映画化するよりも、リスクが付きまとう。

ストーリーは実話だが、演じるのは俳優だからだ。

だが、ヤジッド•イシュムラエン本人が昨年を観て、苦しかった時代や、コンテスト当日の再現で涙が止まらなかった、と語る程、本作は実話の映画化に成功したのだろう。

作品中に登場した数々のスイーツはヤジッド本人の監修である事、ホテルのシェフとして登場した日本人、サトミ•カナイは実在のシェフで、現在はボルドーで自分のお店を出している事、ヤジッド本人は日本のスイーツが大好きで、実はどら焼きが1番好きである事、などを知り、何だか嬉しくなってしまった。

ヤジッドの成功とは無関係だが、昨年、2023年のクープ•デュモンドで日本代表は16年振りに世界一に輝き、2024年は、惜しくも3位だった。

これ程のレベルにいる日本代表のパティシエ達も、その半生を映画化される日が来るのではないか、と思う。

その時は、決して美化せず、本作の様にありのままを映像化して欲しい。
Scarlet

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