ハル

月のハルのレビュー・感想・評価

(2023年製作の映画)
4.4
倫理観や固定観念をぶち壊されていくような感覚…久々に味わう深淵の恐怖。
題材を選んだ監督、企画を通した故川村プロデューサーとスターサンズ、オファーに応えた宮沢りえを骨子とした役者陣の魂に拍手を送りたい。
真面目な話、心が落ちてる時には見ないほうが良いと思う。
この作品にはそれほどの“圧”がある。
『怪物』に対抗馬があるとすれば、これしかない。
高純度の誠実さと狂気がひとまとめにされている、渾身の一作だ。

実際に日本で起きた事件をモチーフにしているが、ある種タブー視されている題材。
なぜ?
彼が言っている事を全否定できる人が少ないからだと思う。
倫理的に、常識的に殺人を肯定できる要素はない。でも…
優生思想は間違っているよ、でも…
そうした本質的な部分への問いかけをこの映画は行っている。
「これを認めてしまったら、自分は壊れてしまう…」そんな感覚でずっとスクリーンを眺めていた。
ボクはとにかく怖かったんだ。
認める事も否定する事もできない自分の至らなさが。
「あの職場にいたら、壊れていたのはお前だろ?」
そう言われているようで…直視できない心の弱さが全身を埋めつくしていく。

通常ならそこまでは思い詰めない。
しかし、洗練された超一流の役者陣の芝居、生み出される異次元なまでのリアリティが「絵空事ではない現実の問題」なんだと、訴えかけてくる。
心の逃げ場はなくなり、感情は抉られた。

体現者の一番手、まずは宮沢りえ。
言わずもがな、日本を代表する女優。
主戦場を舞台にしているだけあって、言葉の抑揚、所作、機微の表した方、全てが高次元に突き抜けていた。
舞台挨拶時には涙を流しつつオファーを受けた経緯、逃げてはいけない想いを吐露したそうだが、それも納得。
“さとくん”を説得する際の感情のぶつけ方と表情が迫真過ぎて…いまだ脳内にこびりついている。

洋子を“師匠”と呼ぶ旦那役、オダギリジョーも魅せてくれた。
癖のある役をやらしたら天下一品の彼。
ただし、この作品では喪失を抱えた『普通の旦那』を演じている。
いつもとは違うアプローチの役柄…けれど、彼の実力の前ではなんの心配もいらなかった。素晴らしい、その一言のみ。
流石としか言えない、見事な立ち居振る舞い。
ちなみに相変わらず超かっこいい。

二階堂ふみもまだ20代ながら二人に負けず劣らずの好演。
会話や動きから“違和感”を匂わせつつ、バックボーンを想像させる表現力の高さ。
最後、善悪の間で置き去りにされる彼女の言動が一番人間っぽかったな。

そして…磯山勇人。
圧巻だ。
彼もまた信じられないくらいの場数の踏み方をしているが、桁違いな需要の高さがよく分かる。
難しい役柄ほど燃えるのだろうか?
これだけ実績を残していても常に上を目指す姿勢には尊敬の念を抱く。
言語化出来ないレベルの自然すぎる佇まい。
敢えて言うならば“完璧”にそのものになっていた。
あそこまで憑依させてしまい、撮了後すぐに戻ってこられたのかな?
それだけが心配。

リビングの会話シーンをはじめ、気を抜ける場面が一つもない傑作。
いち邦画ファンとして、出会えた事に感謝を捧げた。スターサンズが繰り出す作品はいつも半端じゃないけれど、ボクにとっては『新聞記者』や『空白』以上の衝撃。
自身の五感で見て、聞いて、考えて。
体感したうえでそれぞれ何を思うのか、『映画と対話をしたい時』にオススメの一作です。
ハル

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