ノラネコの呑んで観るシネマ

月のノラネコの呑んで観るシネマのレビュー・感想・評価

(2023年製作の映画)
4.6
大力作。
相模原障害者施設殺傷事件をモチーフとした、超ヘビーな人間ドラマ。
事件そのものは実際に起こったことに近いが、原作者の辺見庸を投影した宮沢りえとオダジョー演じる作家夫婦を主人公とし、のちに発覚した同系列施設の入所者虐待事件なども背景に加え再構成している。
書けなくなった主人公が、施設にパート従業員として入るのだが、彼女も三年間寝たきりだった子を亡くし経験があり、綺麗事でない現実を知っている。
そこに現れるのが、磯村勇斗演じる優生思想に取り憑かれた犯人の「さとくん」で、二人がテーゼとアンチテーゼとなると言う構造。
キャラクターも演出も押しが強い。
ぎこちなく激しいズームや傾く画面、スプリットスクリーンなど駆使し、歪んだこの社会を強調。
細部まで作り込まれた世界で展開する葛藤を見ていると、何が正しいのか分からなくなってくる。
非常に真摯に作られた作品で面白かったのだが、一点だけ気になったのは「犯人の声が一番デカい」と言うこと。
犯人の主張に対抗するには、主人公に「命は存在するだけで価値がある」と全力で主張させるしかないのだが、最終的に提示されるのが主人公夫婦の極めてパーソナルな着地点なので、ここはちょっと弱い。
もちろん主人公夫婦に起こることと、彼らのドラマも見応えはある。
しかしこのままだと、逆に犯人の思想に共感する者が出てきそうな危うさを感じた。
しかしそれを含めてジンテーゼを導き出すべく、観客の思考を後押しする秀作であることは間違い無い。
ブログ記事:
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