ぶみ

月のぶみのレビュー・感想・評価

(2023年製作の映画)
4.0
2023年、世に問う問題作が放たれる。

辺見庸が上梓した同名小説を、石井裕也監督、脚本、宮沢りえ、磯村勇斗主演により映像化したドラマ。
重度障害者施設で働くこととなった女性と、彼女の同僚等の姿を描く。
原作は未読。
主人公となる元有名作家・堂島洋子を宮沢、洋子の夫・昌平をオダギリジョー、施設で働く青年・さとくんを磯村、同じく施設で働く女性・坪内陽子を二階堂ふみ、施設長をモロ師岡が演じているほか、板谷由夏、鶴見辰吾、原日出子、高畑淳子等が登場。
物語は、実際に起きた障害者殺傷事件を題材とした小説をベースとしており、新しく施設で働くこととなった洋子が、施設内での入所者に対する不当な扱いを目の当たりにして悩む姿と、正義感や使命感が狂気へと変わっていくさとくんの姿が中心に描かれるのだが、モチーフとなっている事件については、記憶にまだ新しく、強烈な印象をもたらしているものであり、世間を騒がしたのが、つい昨日のことのよう。
裏を返せば、人間、喉元過ぎれば熱さを忘れるではないが、当時、メディアがこぞって報道したものの、そうでなければ、既に過去のことかのようになってしまうのが、本事件に限らず、社会の常。
そんな記憶を思い出させてくれる本作品、まず特筆すべきは、人里離れた森の中で行われていることを目の当たりにした洋子を演じた宮沢や、徐々に狂気が表面化し、凶行に至るまでを具に体現した磯村を筆頭としたキャストの演技力であり、スクリーンからでも、並々ならぬパワーを感じさせてくれるもの。
特に、序盤にある二階堂演じる陽子が、酒の力を借りて、日頃感じている思いをくだをまきながら吐露するシーンは、絶対その場にはいたくないなと思わせるほどの嫌な空気感を醸し出しているとともに、時折、心が変化する様をカメラが回転する演出で表現していたのが印象的。
何より、本作品が凄いのは、観ている側に、所謂優性思想的な考えを、表向きには思ってもいないと言いながら、本当にそれが本心なのか、はたまた、臭いものには蓋といった、物事の本質には気づいていながら、気づいていないふりを取り繕っていないか、といった人の心に潜むタブーをストレートに抉ってくること。
例えば、「障害を持った子であることがわかっていた場合に、産みますか」と問われた場合、「はい、産みます」「いや、産みません」の答えをとりあえず出すことはできるのかもしれないが、それは所詮自分事として捉えているわけではなく、実際にその立場になってみないことには、どんな感情が湧いてくるのかわからないもの。
これは、以前、是枝裕和『怪物』のレビューでも書いたように、「相手の立場になって」「人の気持ちに寄り添って」と言った言葉は軽々しく言えるものではないし、一面だけを見て「あの人はかわいそう」などと言う言葉や感情は、そう思うことで、自分が優位に立ちたいだけのことでしかなく、かわいそうかどうか、幸せかどうかは、本人が決める(感じる)もの、本人にしかわからないものであって、他人にとやかく言われる筋合いは全くない。
本作品を観て、どんな感情が湧き上がってくるのか、それを本心として捉えることができるのか、そんな心情に向き合う度量が問われ、受け入れるか否かは別として、素直に見つめなければならなくなるとともに、鎌が月に見える演出が忘れられない良作。

また、月が追いかけてくる、急がないと。
ぶみ

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