名もなき技術者

月の名もなき技術者のレビュー・感想・評価

(2023年製作の映画)
4.0
津久井やまゆり園事件{植松聖(うえまつ・さとし)死刑囚が、刃物を所持して施設に侵入し、45人を殺傷、うち19人を殺害した大量殺傷事件}に想を得た小説「月」の映画化作品。
植松は「社会の役に立たない人間は、生きている価値はない」「意思疎通のできない重度障害者は人の幸せを奪い、不幸をばらまく存在。絶対に安楽死させなければいけない」と自信の理論(植松理論)を語る、極限の功利主義者である。本作の「さとくん」も、はじめは施設での労働に生きがいを感じていたが、周囲からのいじめや、過酷な労働環境により「植松聖容疑者」のようなものになっていく。
主人公の洋子は、元小説家だが、現実を隠ぺいして小説を書くことに疲れて小説を書けなくなる。そのため、稼ぐために「さとくん」と同じ施設で働くことになる。洋子の夫である昌平は、夢を追い続けるも、洋子が働きに出たことで、マンションの管理人をすることになる。
洋子と昌平の夫妻は、過去に知的障がいを持つ息子を3歳で亡くしたことがある。そのため、洋子に子供ができるが、また知的障がい児を生んでしまわないかと思い、中絶を検討することとなる。これに対して、昌平は「そうは言っても子供ができるのは良い」という姿勢で洋子と対峙する。また、洋子は、施設にいる知的障がい者とのふれあいや、その親とのふれあいにより、知的障がい者を殺そうとする「さとくん」の考えに反対する。洋子の態度に対し、「さとくん」は「我が子を知的障がい者として生みたくない洋子さんは、結局知的障がい者への差別をしているのだ」といったことを主張し、洋子を非難する。結局、「さとくん」を止めることはできず、洋子と昌平の決断もどうなったのかわからないという終わり方をする。
この映画で伝えたかったのは、「植松理論に対抗するためには結局愛を持つしかない」ということだと解釈した。「さとくん」と昌平の議論や、「さとくん」と洋子の議論からそれが伝わってきた。
演出面では、障害者施設のどんよりした感じ・灯台のような光を当てる/当てないの繰り返しによる不安感の醸成・不安感を感じている洋子の白さ・昌平と「さとくん」が議論しているときのオレンジ色の光の点灯…etcといった、ライティングや美術面が印象的だった。
また、宮沢りえの演技(衰弱していく感じ、一人二役で行う問答)が特に印象深かった。