シズヲ

ほかげのシズヲのネタバレレビュー・内容・結末

ほかげ(2023年製作の映画)
4.1

このレビューはネタバレを含みます

あの戦争を生き延びてしまった者達の物語。“焼けた酒屋の一角”という極めて限定的なシチュエーションで進行する構図に脱帽。じっとりと薄汚れた内装のディティール、登場人物の閉塞感を如実に表すような接写気味のカメラワーク、屋内と屋外を別け隔てる照明と色彩のコントラスト。朝ドラ女優の趣里を始めとする俳優陣の窶れた好演も相俟って、画面上から汗ばむような腐臭と疲弊感が滲み出ている。趣里の存在感も凄いけど、子役である塚尾桜雅の眼差しがとても良い。森山未來は役柄と噛み合ってないような感じもなくはないけど、役どころも含めて最終的には受け入れられる。

本作の主要な登場人物は、いずれも戦争の後遺症を背負いながら生きていくしかなかった者達である。売春する未亡人、戦災孤児の少年、癒えぬ傷を心に抱えた復員兵。序盤で“疑似家族関係の崩壊”が描かれたことにより、彼らが見出す束の間の安息でさえも薄氷のように脆いものであることを思い知らされてしまう。当初は浮いているように見えた森山未來パートも、復員兵の背負う呪縛を更に掘り下げつつ“戦いへと駆り出した者達”への怨嗟を浮き彫りにする。改めて振り返ると主要人物たちの“女”や“戦災孤児”といった没個性的な役名、戦時下を生き抜いてしまった“当時の人間”の抽象化めいてて印象的。

ただ本作、テーマを描くための構成が途中から不明瞭になっている印象。復員兵に目を向けた最終的な着地点を踏まえると、趣里パートと森山未來パートの重要度が逆転を起こしているんだよな。実質的な主役が途中から塚尾桜雅に移ることも相俟って、結果として終始存在感を放っていたはずの趣里が気付けば脇役に転じている。されど撮影や演出に関しては趣里パートの方が強い印象を残すという、奇妙な捻れ現象が起こっている感が否めない。

そういう意味で引っ掛かりは少なくないものの、映像や役者などは申し分無いし、物語の着地点も余韻としてちゃんと響いてくる。そんな感じに何だかんだ最終的な満足度は高い。映画のラスト、少年はあの時代を生き抜くことを決意して闇市へと飛び出す。その逞しい瞳は、陰に追いやられた復員兵達の姿を真っ直ぐに見据える。そして最早誰も銃声を気に留めなくなった中で、あの少年は確かに“戦争の傷跡”を見つめ続けている。その眼差しには一抹の希望が宿り、そこには監督が伝えたいであろうメッセージ性が滲み出ている。
シズヲ

シズヲ