井手雄一

ほかげの井手雄一のレビュー・感想・評価

ほかげ(2023年製作の映画)
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塚本晋也の新作映画「ほかげ」

とにかく登場人物の目の力がすごい。
真正面から訴える目の力。
そして音、声、そのシンプルで力強い演出。

戦後すぐの闇市に生きる人たちの「もがき」。
戦争、空襲、そして戦地からの帰還という地獄が終わった後も、瓦礫の生き地獄でもがく、ただただ生きることで精一杯な陰鬱で安易な希望などない日本。そのリアル。

身売りをする女、復員兵、片腕が動かない男、そして戦災孤児。
劇中名前もでない彼らの抱える戦争のトラウマと行動、登場人物が息が詰まるほどリアルで、人間として生きることの儚さや虚しさが度々襲う映画体験。

しかし、この観終わったあとの力強さと心の穏やかさは何なのだろう。
久しぶりにしばらく現実に帰れないほどのドロリとした熱が喉から通った映画でした。

少年が持っていた一丁の拳銃に4つの弾丸。
「片腕の男」が四発目の弾丸を相手に向けるか自分に向けるか苦悩し矛先を失った時、彼の戦争はやっと「終わった」と独り言ちるのだが、まだまだ彼らの戦後は続き、最後の弾丸は、「ぼうや、あんたは、あんただけはそんなものに頼って生きてはだめだ」と女に言われた少年の手元を離れ、もう一つの戦後の絶望を終わらせる。
全てを見てきた「ぼうや」のこれから生きる命がけの覚悟が、まさに監督が言うこの映画の「祈り」であり、これから生きるすべての人への救いになればいいと思います。
それほど凄まじい鎮魂であり祈りの物語でした。

前半の閉塞的な部屋のみで繰り広げられる、趣里演じる「女」と「復員兵」と「戦災孤児」の閉じこもることで心の闇を埋めて安息を共有しようとする3人の密室劇は若干いびつでチグハグな心理描写や台詞回しが不安を誘い、
そしてそれが破綻したあと、後半の森山未來演じる「男」と「ぼうや」となった孤児との旅は、密室から出て開放的になり、ちぐはぐさは無くなり明確さが増すのだが、しかし希望の旅ではなく、あくまでも逃れられない戦争の粘着的な怨念とトラウマからの決着の旅であり、未来を生きるべき少年はその過去の立会人にさせられる。
前半の「女」と後半の「男」は全く接点を持たず、主人公が変わったことにやっと気づいたころ、この映画の主人公は、狂気から逃れられなかった復員兵も合わせてこの4人に象徴された、戦争を生き残って苦しむすべての人間たちであり、最終的に「ぼうや」である未来をいきるであろう戦災孤児に祈りとして託されることを知る。

そんな彼に絶対的な愛と“生きろ”という希望をたくし女は自分の無くした子供を重ねて「ぼうや」と呼ぶ。

いやしかし、火垂るの墓やはだしのゲンでわかるように、彼自身も大人以上に地獄を経験してきたはずなのに、託された祈りを胸に、ニンゲンとしてまっとうに生きるという意思を明確にする最後に、ここで初めてやっと希望を垣間見て、何とも言えない思いが込み上げてきます。

この天才的とも言える塚本晋也の構成と演出・編集には脱帽しました。


G-1で描かれた安っぽい「戦後」にモヤってた心を、まさか塚本映画でこんなにも浄化されるとは思いませんでした。ありがとう。
井手雄一

井手雄一