ラウぺ

ほかげのラウぺのレビュー・感想・評価

ほかげ(2023年製作の映画)
4.2
終戦直後、焼け残った闇市の小さな居酒屋で斡旋された男の相手をする女(趣理)。闇市で盗みを働いた孤児と、客としてやってきた若い男が束の間の同居生活らしきものをはじめる。それぞれには戦争のトラウマがあり、平穏な生活とは程遠いものがあった・・・

いかにも塚本晋也らしいミニマムな設定の中で、戦争に人生を狂わされた人々の、簡単には終わらない戦争の後遺症を描く。
戦争で夫を亡くし、不本意ながら男の相手をする女は部屋の奥にかつての普通の生活の痕跡らしきものが僅かに残るのみ。
カネがないのに毎晩訪れる客の男も深刻なPTSDを抱え仕事に就くこともできない。
孤児の少年も毎晩悪夢にうなされ、小さなバッグを片時も離さない。
しばらく経つうちに一見疑似家族的な雰囲気も漂い始めるが・・・
異様なまでの緊張状態が続き、次の瞬間に何が起きるのかも分からない不安定さが、観る者をスクリーンに釘付けにします。
具体的な物語の展開はまったく知らない方が良いので何も書きませんが、95分と比較的コンパクトな作品ながら、この緊張状態のせいで、観終わってからどっと疲れが押し寄せます。

このシビアさは戦争が終わった後であっても、戦争の災禍はまったく終わっていないことを強烈に訴えかけ、戦争が人々の間にどれほどの辛酸と悪夢を見させてきたのか、その悪夢から脱することがどれほど難しいかを容赦ない形で見せつけられる。
『野火』や『斬、』でも人の本能的な恐ろしさを垣間見させてきた塚本監督にとって、この作品でも、いや戦争を扱った作品であるからこそ、まったく容赦のない展開に身動きがとれなくなってしまうのです。
どの場面も切ったら血が噴き出すほどのエネルギーに満ちていて、『斬、』には多少なりともほっとするというか、普通のテンションといえる場面もありましたが、本作にはそれがない。

題名の『ほかげ』がどのような意味なのか明示はされていませんが、おそらく“火影”の意味なのだろうと思います。
暗い室内で灯明の光で怪しく浮かび上がる女の鋭い目つきと妖しさが、この異様な世界の雰囲気を代弁し、また闇市の雑踏の中で野良犬のように生きる少年の瞳の決然とした光が、物語の終わったその後の世界を象徴しているように感じられるのでした。
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