YAEPIN

ナポレオンのYAEPINのレビュー・感想・評価

ナポレオン(2023年製作の映画)
4.2
ここ最近で一番楽しみにしていた映画。

IMAX鑑賞必須の、うっとりするような戦場スペクタクルが繰り広げられていた。
戦闘シーンであれだけの人馬を稼働させながら、カメラが11台とはもはや少なく感じてしまうし、本当に誰も死傷していないのかが心配になった。

ナポレオンの指揮した戦いのシークエンスで言えば、トゥーロンの戦いとアウステルリッツの戦いが格別だった。

トゥーロンの戦いでは、まだ無名のナポレオンがイギリス艦隊を守る港の砦を直接奪い、守護のために配置された大砲は逆に艦隊に火を噴く結果となった。
歴史的には「フランスの大勝」として簡潔に表現されるのみだが、砦にはもちろん起きているイギリス兵もいたわけで、あまりに無謀で大胆な奇襲作戦であることが映像を通して伝わった。
この時、ホアキン・フェニックス演じるナポレオンは、自ら砦に登って白兵戦に身を投じ、勝利とそれに伴う名誉への野心に取り憑かれている様子である。
彼の呼吸は粗く、むしろ恐怖に苛まれているようでもあり、立身への異常な執心のみが彼を決死の作戦へと突き動かすのだと感じさせる演技だった。

アウステルリッツの戦いでは、ナポレオンの感情というよりも戦術の描写に優れていた。
歩兵で敵を十分に引き付け、追加の歩兵で動きを鈍らせたところに騎兵を投入して退却に向かわせる。
そこに大量の砲火を浴びせ、足元の氷を割って敵を極寒の水中に沈める。
この恐ろしいほどに無駄のない大規模な作戦が、雄弁な引きの絵で、それでいて説明的になり過ぎずに描かれていた。

しかしながら、ジョセフィーヌの出会ってからのナポレオンには、政治的意志をほとんど感じられなかった。
ヴァネッサ・カービーの妖艶な魅力によって、ナポレオンとジョセフィーヌが奇妙な共依存の関係にあったことは十二分に理解できたが、その表現に重きが置かれすぎているようだった。
あまりにもジョセフィーヌが彼の全ての行動動機を支配しており、エジプト遠征からの単身帰国後、クーデターを行ったのは単なる偶然のようにすら思える。

予告では、「彼は英雄か?暴君か?それとも情夫か?」といったフレーズが唱えられていたが(英語版でも同様)、ジョセフィーヌ以外に心を乱している様子がないため、「情夫」の印象しか持たなかった。
確かに王侯派の市民に直接大砲をぶっぱなすのは悪魔的なのだが、そういった残忍な姿や一方の輝かしい勝利に対する、周囲の人間、とりわけ民衆の反応の描写が乏しいことが原因であるように思う。

ナポレオンが皇帝にまで登り詰めたのは、一時的にでも民衆を導くカリスマであると讃えられたからであるが、今作では、彼を心から英雄として賞賛する人も、悪魔として憎む人も見受けられなかった。
(ベートーヴェンは彼にちなんだ交響曲まで書いているというのに。)

トゥーロンの戦いの場面で、自らの身を削るような狂気的な野心がかいま見えただけに、その後の心の動きと周囲へ与えた影響が少しぼやけているように感じた。
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