寝木裕和

情熱の大河に消えるの寝木裕和のレビュー・感想・評価

情熱の大河に消える(2019年製作の映画)
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今回、二回目になる『ペルー映画祭』。

ペルーでの旅から自分の人生観にかなり大きな影響を受けた者としては、去年同様とても楽しみにしていた企画。

国民解放戦線の一員となり、21歳の若さで銃撃戦の犠牲になったペルーの詩人、ハビエル・エロー。

今年は彼の没後60年ということでの特別上映。

エドゥアルド・ギジョット監督はテレビのフィクション/ノンフィクション番組を中心に作品を残してきた人らしく、この『情熱の大河に消える』でも、完全にエンターテイメント作品として見応えのあるものに仕上げた感がある。

ともすれば未来に希望があり、詩を書くことに燃える若者が、ゲリラ活動に情熱を傾けることによってこんな形で早逝してしまう一生を物語にしようすればどうしても重くなりがちだろう。

しかし監督はそれを回避し、万人に観やすい作品にした。
むしろそのことが、では実際のハビエル・エローとは?… と考えるきっかけになった。(作中、ハビエルの恋人の名前がラウラとなっているが、実際はアデラという方だったらしい…とか、細かいところで「フィクション化」しているのはかなり意図的なところだろう。)

彼自身が育ったのは裕福な中産階級の家庭だったのにも関わらず、貧しい農民が暴力的な地主層に虐げられていた当時の状況を打破しようとゲリラ活動に身を投じていくのは、強い正義感と豊かな感受性を持っていたからだろう。

けれども彼の闘争はジャングルの中の河の上で、儚くも散った。
しかも、軍隊や警官隊に撃たれたのではなく、武装した民家人によって銃殺されるという、衝撃的な結末。

この作品で描かれるハビエルは、普通の若者と同じように恋をし、幼なじみと夢について語り合い、その将来の夢のことで父親と半目したりする。
ごくごく普通の若者なのだ。

21歳という若さで死んでいなければ、彼はどんな詩を書き続けていたのだろう?

彼の死は、なんの意味があったのだろうか?

そんなことを考えながら…。
作中でも読まれる、彼が十九歳の頃に書いた詩に、胸がしめつけられる思いがした。

ー ー ー ー ー

ぼくはけっして死を笑わない

ただ、木々や鳥たちに囲まれた死がそこにあるだけ 

それは死を恐れないということ
寝木裕和

寝木裕和